溺愛音感

そこに居たのは、マキくんを二十年くらい早送りにしたらこうなるだろうと思われる容姿の人物だった。

その年代の人にしては身長が高く、中年太りとは無縁そうな細身で、仕立てのいいパールグレーのスーツがよく似合う。

栗色の髪に、黒ではなく茶色がかった色素の薄い瞳。
優しげな印象の目元に、微笑んでいるように口角の上向いた口元。

男性にしては繊細な面立ちは、マキくんと同じく童顔。
とても若く見えるが、落ち着いた物腰は年を重ねている証拠だろう。


「本来なら、もっと早くに挨拶すべきだったのに、遅くなってしまい申し訳ない。初めまして、ハナさん。柾の父の、九重 槐(ここのえ かい)です」

「は、初めまして……」


柔らかな笑みは、それだけで相手を赤面させるに十分な効果がある。
ちっとも偉そうではない物言いも、好感度が高い。


(こ、これは……オジサンだけど、本物の王子様だ……)


「立ち聞きしてしまったんだが、帰国したばかりなんだね。演奏活動で忙しくしているのかな?」

「は、はい。忙しいと言っても、国外の公演は二、三か月に一度だけなので、それほどでも」

「柾も忙しいから、すれちがいの多い生活にはならないかい?」


けっこう踏み込んだ質問をされているけれど、柔らかな物腰のせいか気にならず、ついつい素直に答えてしまう。


「確かに、ずっと一緒にはいられませんけれど、その分一緒に過ごせる時間を大事にしているので」

「そうか。柾は賢いから、大事なことを見誤ったりはしないだろうね」

「あの、お、お義父さんは、ずっと海外で仕事をしていると聞いてました。今日は、出張で……?」


離婚の原因が原因だったため、お義父さんは会長の松太郎さんにより事実上左遷される形で取締役社長の任を解かれ、海外支社へ異動になり、もう本社へは戻れないだろうと聞いていた。


「いや。そろそろ、退職しようかと思ってね」

「そうで……ええっ!?」


< 358 / 364 >

この作品をシェア

pagetop