溺愛音感
さらりととんでもないことを言われ、一瞬聞き流しかけ、驚いた。
「あの、ちょっ、ちょっと待ってください! 急にそんなこと……」
「柾も、椿も家庭を持って落ち着いたし、会社の経営も順調だし、もう九重にわたしがいる意味はないだろうと思ってね。むこうの生活が思いのほか気に入ってしまって、どうせならあちらに骨を埋めようかと」
ニコニコ笑いながら退職理由を並べる義父に、面くらう。
「や、あの、そ、そのことマキくんには……?」
「まだ話していない。これから辞表を出して……」
「だ、ダメですっ!」
「ダメ? どうしてだい?」
「え、ええと、その、あの、こ、これからマキくんには助けが必要になるので……」
「ハナさんがいるだろう?」
「そ、その、わたしをマキくんが助けるので、マキくんを助けてくれる人が必要で」
「会長もいる」
「松太郎さんだと体力がもたな……ええと、あのっ」
「大丈夫だよ。あの人は百歳まで生きる」
「そうじゃなくって、だからっ……」
なんとか引き止めようにも、それらしい理由が思いつかず、焦るあまり、まだ誰にも打ち明けていなかったことを口走ってしまった。
「こ、子どもが……産まれるんです」
「…………」