溺愛音感


「ところで、ハナ。肉と魚なら、やっぱり肉派か?」

「食べる習慣がなかっただけで、魚も嫌いじゃないけど?」


好きなものを好きなだけ食べられるようになったのは、大人になってから。
その時手に入るものを食べるという生活では、好き嫌いなんて贅沢は言えなかった。


「和食も食べられるのか?」

「たぶん。と言っても、コンビニのお弁当以外食べたことがないから、本物の日本料理が大丈夫かどうかは、わからない」


母の家に居候していた時も、母が在宅の場合は基本外食で、フレンチかイタリアン。不在の場合はコンビニのお世話になっていた。

ひとりで暮らすようになってからは、カップラーメンではないちゃんとしたごはんは、コンビニのお弁当一択だ。


「コンビニ……よし。今後は和食中心のメニューにしよう。その国に馴染むには、食文化を知るのが一番だからな。ただし、朝は時々パンでもかまわないか?」

「もちろんっ!」

なんと、料理上手なマキくんは、洋食だけでなく和食も作れるらしい。
すばらしすぎる。

俺様でも許す。

大満足のディナーの締めくくりは、デザート。
おしゃれなクリスタルの器に用意されたのは、アフォガードだ。


(バニラアイスとエスプレッソの組み合わせ……最高)


自分でもそうとわかるほど、頬が緩む。

お腹いっぱい、幸せいっぱい。このまま眠りに就きたいところだったが、今日は専属契約一日目。
空になったお皿たちを食洗器へ入れ、さっそく「本日の一曲」を披露すべく「防音室」へ移動した。


寝室の奥、隠し扉の本棚を押し開けた先には完璧な趣味部屋がある。

朝、ヴァイオリンの無事を確かめるため、少しだけ覗かせてもらったが、「防音室」ではなく「音楽室」と呼ぶべきレベルだった。

セレブな俺様は同じフロアのもう一室を所有。

余計な壁を極力取り除いた二十畳の空間は、ただ単に音を遮断するのではなく、音響にも配慮した造りになっていて、高価なオーディオセットとグランドピアノ、座り心地のいいソファーなどがゆったりと置かれていた。

壁を占領する巨大なキャビネットには、CD、DVD、音楽関係の書籍、そして大量のピアノ譜が収められている。


「ねえ、マキくん。ピアノ弾くの?」

「あくまでも趣味だ」


どう見ても趣味レベルではない楽譜ばかりだが、本人が「趣味」だと言うのだから、それ以上は突っ込まないのが大人の礼儀というものだろう。

訊かれたくないことがある身にもかかわらず、他人のことを詮索すれば、自分で自分の首を締めることにもなりかねない。

< 56 / 364 >

この作品をシェア

pagetop