溺愛音感

俺様王子様が選んだ「九十九曲」の演奏は、基本的に一日一曲。
最短でも、四か月近くは彼の専属ヴァイオリニストでいる計算だ。

その日演奏する曲目や順番はわたし任せだが、ピックアップされた曲目の変更は認められていない。

つまり、何がなんでも弾かなくてはならない。

幼い頃から耳コピで演奏してきたので、譜読みは苦手。
CDにもならず、ネットにも上がっていないような曲だと音を追いかけるだけでもおそろしく時間がかかる。

それでも、なんとかやっていけると見通しが立てられるのは、これまでとちがって自由な時間が格段に増えたから。

本来、同居なのだから家賃や光熱水費、食費などを折半すべきだけれど、心優しく真面目な飼い主のマキくんは、環境を含めて、わたしがヴァイオリンを演奏できる状態を保つのも一曲分――百円に含まれていると言う。

家事は一切しなくていいし、アルバイトもいま以上に増やさないようにと言われた。

そんな恵まれた環境の中、これまで演奏したのは六曲。

手足が震えたり、呼吸が苦しくなったりするようなことはすっかりなくなったものの、満足のいく演奏とは程遠かった。

酷評されても仕方ないと覚悟した。

が、何も言われず拍子抜けした。

拍手も、感想も、ナシだ。

通行人の「無関心」は気にならないが、目の前で聴いている人の「無関心」は凹む。

ただし、ヴァイオリンを弾いている時以外は暑苦しいほどかまわれるので、気まずくはならない。

相変わらず俺様で、暴言を吐くこともあるマキくんだが、毎日わたしをお風呂に入れ(まったく頼んでいない)、美味しいごはんを作り(基本洋食派らしいが、わたしが日本の文化を学ぶために和食中心)、おせんべいも各種用意してくれている(全国各地の銘菓をお取り寄せ)。

たった一週間ですっかり堕落してしまった。
元の暮らしには、戻れそうもない。


ちなみに、「マキくんの手料理を食べること」は、いまのわたしの最優先事項だ。


正直に告白すれば……「お見合いを破談にする」というゴールを見失いかけている。


< 62 / 364 >

この作品をシェア

pagetop