溺愛音感


(そういえば今日の晩ごはん、(あじ)の南蛮漬けって言ってたけど、南蛮って唐辛子のことだよね? ピリ辛なのかなぁ? ごはんが進みそう……。昨日の昆布締めにした鯛も桜が入ってて、きれいで美味しかったなぁ。お味噌汁は何かな? わかめとお豆腐は鉄板だけど、ぬるぬるしたキノコもけっこうイケる。マキくん、社長辞めてお店出したらいいんじゃあ……?)


「もしかして、楽器OKのところに引っ越したんですか?」


美湖ちゃんの鋭い指摘にギクリとして、晩ごはんの妄想から我に返る。


「えっ……あ、や、うん……」


正確には、引っ越したのではなく拉致に近い。

同居生活を始めた翌日には、アパートは解約され、わたしのささやかな荷物は大型家電を除き、すべてマキくんの部屋に運び込まれていた。

もちろん、俺様の一存。
借主であるわたしの意向や承諾なんて、おかまいなしだ。


「どのあたりに引っ越したんですか?」

「私鉄の駅前、だけど……」

「じゃあ、飲みに行きましょうよ!」


唐突に、美湖ちゃんが腕を組んでくる。


「へ?」

「これから、駅近くの居酒屋でオケのメンバーと飲み会するんです。残念ながら合コンじゃないんですけど、ハナさんも一緒に行きましょう!」

「え、や、でも、見ず知らずのわたしが行っても迷惑なんじゃ……」

「心配無用です! いつも誰かしら知らない人間が混じってるので!」


そんな飲み会、大丈夫なのだろうかと心配になる。


「クラシックバカの集まりですし、同じくらいの年齢の人も多いし、きっと話が合うと思うんです」

「でも……」


学校に通ったことがないわたしには、同年代の「友人」がいない。
大人に囲まれて育ち、大人になってからも、接するのは自分より年上の人が圧倒的に多かった。

美湖ちゃんのように積極的な人が相手ならいいが、自分から話題を振るのはとても無理。どんな態度で接すればいいのかすらわからない。

煮え切らないわたしの態度に、美湖ちゃんは誘った理由をはっきり口にした。


「でも、本当の目的は……わたしが、ハナさんともっと仲良くなりたいだけなんですけどっ!」

「美湖ちゃん……」

「せっかくこうして知り合えたのに、しかも気が合いそうなのに、よそよそしい関係のままなんて、もったいないですもん」


照れ笑いする美湖ちゃんの厚意が嬉しくて、思わず泣きそうになった時、聞き慣れた声がした。


「ハナ」


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