溺愛音感
「ぜひお願いしたいです! でも、問題はメンバーの確保ですね……平日の昼間かぁ。厳しいけれど……とにかく訊いてみます!」
美湖ちゃんは、さっそくオケのメンバーに連絡を取り、マキくんから同じようなオフィスビルを所有している大会社の情報を聞き出す。
ヨシヤは、フラフラしながらトイレへ行っていたが、戻って来るとなぜかいままで座っていた美湖ちゃんの隣ではなく、わたしの隣に座った。
「ずっと気になってたんだけど……」
「……?」
「おまえ……」
「……??」
口ごもり、バリバリと黒髪をかき回し、挙動不審な様子を見せていたヨシヤは、怒っているようにも見える顔で呟いた。
「CD出したことあるか?」
「え……?」
心臓が異様なほど鼓動を速め、喉が干上がり、耳鳴りがする。
「おまえ、本当は……」
無意識に逃げ出そうと椅子から下りかけた身体が、浮いた。
「ハナに、馴れ馴れしくするな」
頭上から冷ややかな声が聞こえ、持ち上げられた身体は別の椅子へ――温かい膝の上へと移動させられる。
「まあまあ、そう怒らないで、柾くん。悪気はなかった。そうだよね? ヨシヤくん」
「マスター……俺、ただ、ちょっと知りたかっただけで……」
「もうっ! ヨシヤ、飲んだら絡む癖、いい加減直しなさいよ! ほんとごめんなさい。大丈夫でした? ハナさん」
心底申し訳なさそうな顔で謝る美湖ちゃんに、大丈夫だと首を振る。
「ヨシヤのせいで、うちのオケのこと嫌いになったりしないでくださいね? 柾さん……」
「バカヨシヤをハナに近付けなければ、何も言うことはない」
「だから、俺はバカじゃな……」
「あんたは黙ってなさいっ! 柾さん。提案いただいた件、オケのメンバーと相談してみます。わたしとヨシヤはこれで失礼しますね。ハナさん。今日は、本当にありがとうございました」
美湖ちゃんはペコリと頭を下げ、急に大人しくなったヨシヤを引きずるようにしてお店を出て行った。