溺愛音感
「技術的なレベルの差が大きいのも、アマオケの悩みですね。曲づくりのスタートラインに立つまで、かなり時間がかかるんです。かと言って、オーディションでふるいにかけるってやり方はあんまり取りたくないし……」
譜読みが苦手なわたしにとっても、他人事ではない悩みだった。
楽譜通りに弾けるのが最低ラインだとすれば、そこに辿り着くまでの道のりが人の二倍あるようなものだ。
「趣味のためにどこまでやるかはその人次第だから強制はできないんですよね。ま、悩みも苦労も多いからこそ、仕上がって無事演奏を終えた時の達成感がものすごいんですけれど」
どこまでも悩みは尽きないが、それもまた楽しさに必要なものだと言う美湖ちゃんは、わたしより年下でも、ずっと大人で強い人だ。
「だから、ハナさんも気軽な気持ちで来てくださいね!」
「……考えてみる」
行く、とも行かないとも、はっきり言えず、曖昧な笑みを返すことしかできなかった。
ソリスト以外に、オーケストラでの演奏経験はないし、いまのわたしでは足を引っ張ってしまうかもしれない。
人前で弾けるようにはなったが、常に大丈夫と言い切る自信はまだないし、ステージの上で弾くのはまた別問題だ。
「ところで……オケの寄附を集める方法だが、一つ案がある」
ヨシヤに貰った名刺を丁寧にお財布にしまい、何事かを考えていたマキくんが、唐突に口を開いた。
「案?」
「企業に寄附を頼む際、今日のようなミニコンサートを開いたらどうだ?」
「ミニコンサート、ですか?」
美湖ちゃんが興味津々で身を乗り出す。
「我が社もそうだが、オフィスビルではエントランスを広く取っているところが多い。音響的な問題はあるかもしれないが、ランチタイムにちょっとしたアンサンブルを聞かせるくらいなら、可能だろう」
「オフィスビルで?」
「オフィスビルで演奏すれば、その会社の従業員にも宣伝ができる。多少は招待券を用意しなくてはならないとしても、足を運んでもらうきっかけづくりにはなるだろう。それに……各社の事情はあるかもしれないが、エントランスなら社員以外の人間を入れることも可能だ。たとえば、自社製品の宣伝を兼ね、一般の客を集めるといったこともできる」
「自社製品か。単純な宣伝効果だけでなく、モニターやサンプリングにも利用できるかもしれない……プレゼン力が必要ですね」
「実績がなければ、受け入れてもらえないだろう。まずは『KOKONOE』で試して、それから他社に打診すればいい」