捨てられたはずが、赤ちゃんごと極上御曹司の愛妻になりました
 失笑しつつ俯いて歩いていると、ドン、と誰かにぶつかった。私は慌てて顔を上げて謝罪する。

「すっ、すみませ……」
「下ばかり見てたら危ないよ」
「佐渡谷さん!」

 私がうっかりぶつかったのは、彼のたくましい身体。
 至近距離で微笑まれ、カアッと顔が熱くなる。

「お疲れ様。荷物持つよ」

 けれど、彼はまったく動揺する様子もなく、スマートに私の仕事道具が入ったトートバッグを手に取った。

「ありがとうございます」
「わ。これ、重いな。なにが入ってるの?」
「あっ、社販で買ったフライパンが」

 当たり前のように佐渡谷さんに持たせてしまったあとに、今日は荷物が多かったのだと気づく。

「なるほど。じゃあ、今日は約束してて丁度よかった。こんなに重いもの持って電車に乗って帰るのは大変だったろうから」

 申し訳ない思いなど不要と言わんばかりに、彼は満面の笑みを浮かべた。

 近くのパーキングに到着し、私たちは車に乗り込んだ。
 シートベルトを締めていたら、佐渡谷さんに聞かれる。

「今日は? なに作ったの?」
「スポンジケーキです。オレンジフレーバーの」

 夜の時間帯は、毎回ディナー系のメニューとは限らない。仕事後にお菓子作りを学びたい受講生も多いのだ。

「そう。じゃあ、お腹空いてるだろう。俺も、宇川さんの顔見たらお腹空いてきた」

 佐渡谷さんが車を発進させた直後、冗談交じりに言うものだから、私もわざと頬を膨らませてみる。

「ええ? やっぱり私のイメージは食べ物ですか?」
「うーん。正直言えば、そうだな」

 今日までデートは五回ほど。私は佐渡谷さんに連れられて、いろいろと食べ歩いてきた。
 仕事後から会うとなれば、結局一緒にいる時間の半分は食事だし、そういう印象になってしまうのもわかる。

 でもさすがに、料理は作るのも食べるのも好きだけど〝自分の恋人=食べる人〟っていう公式を確立されちゃうと……複雑。
< 55 / 144 >

この作品をシェア

pagetop