ゆめゆあ~大嫌いな私の世界戦争~
私の世界戦争5
 12

 二週間後。
 変わらず雨が続いている。連日の雨で川が増水し、不老川も入間川も洪水注意報が出ている。
 ローズマリーとしての活動は変わらずに続けている。
 王川中学校テロ事件はニュースで連日報道され、ちょっとした話題になっている。
 学校が休校になった生徒たちには外出自粛要請が出された。
 要請を守らない生徒もいるが、そんな人間でも複数人で行動していたり、人気のない場所へ行かないようにするなど、注意を払っている。
 警察も多い。
 学校や、学校周辺の地区を毎日のようにパトロールしている。
 能力を使い、空を移動できる私でも、これだけ警察が多いと仕事がやりにくい。
 最近の主たる行動は、自宅の監視。
 三年生全員の住所を知っているわけではないが、大体の場所はわかっている。
 外に出ないなら自宅にいる時を狙うしかない。
 両親が外出し一人になったタイミングや、ゴミ捨てや庭いじりなどに出てきたタイミングで強襲をしかけてもいい。
「そこまでしてそんなことする必要あるんですか」
 百合ちゃんとはあれから連絡をとっていない。
 LINE通知は来るが既読はつけていない。
 私は三年生全員を縛り上げるつもりだ。
 まずは周りから潰していって自信を深めていき、最後に芥川結愛の前に立とうと思っている。
 以前に王川商店街で芥川たちを前にした時、何も言えなかった私。
 そんな私もこの活動が終わる頃にはきっと居なくなっている。
 そうして無事、復讐を成し遂げた時、百合ちゃんたちに会おう。
 きっと二人も認めてくれる。
「さて、今日も行くか」
 朝五時。
 空はどんより厚い雲に覆われている。
 気象予報では傘マークがついている。 
 でも傘はいらない。
 能力を使って空に飛び立つ。
 黒マントに黒いズボン。顔はサングラスとマスク。私はダークヒーローローズマリー。
 向かう先は平沼綾花の自宅だ。
 うちから数キロ程度。  
 築十年程度の新しい邸宅。コンクリート二階建てで庭、駐車場が付いた綺麗な建物だ。
 私は向かいの家の屋上に乗って平沼の家を監視する。
「はぁはぁ……、はぁはぁ」
 相変わらず息が切れる。
 体が震える。
「大丈夫。何も間違ってないんだから」
 手を握りしめる。
 ぎゅっと握りしめたら体の震えがおさまる。
「よし。大丈夫。大丈夫」
 昔ほどじゃない。
 この活動を始めてから色んなことがあった。
 そのおかげでPTSDも格段によくなった。
 七時三十分。
 父親が外出する。
 何の仕事をしているかまでは知らないが、夜まで帰ってこないのはここ数日の監視で判明している。
 八時三十分。
 母親が外出する。
 近くの介護施設でパートをしている。こちらも夕方までは帰ってこない。
 九時。
 他に家族はいない。
 家には平沼綾花のみ。
 襲うにはちょうどいいタイミングだ。
 玄関から侵入してもいいし、窓からでもいい。見えない手を変形させれば鍵穴の形に合わせることは簡単だし、もちろん窓を破壊するのも造作もない。
「よし。やるか……」
 屋上から飛び立とうとした。 
 その時だった。
「ふわぁー、眠い―眠い-」
 平沼綾花が家から出てきた。
 スウェットにメガネ姿で頭に帽子を被っている。
 そのまま商店街の方へ向かって歩いていく。
「不用心なやつだな……」
 王川中の三年生が連続して暴行されているのは周知の事実。
 そのために学校が休校になっている。
 にもかかわらず女子一人で出歩くなんて。
 それもこんな気の抜けた格好で。
「何だよ。何考えてんのよ。私のこと恐くないの?」
 飄々と街にでた平沼にイラついた。
「もっと私に怯えろよ。怯えて家に引きこもってろ。外出自粛要請だって出てるじゃんか」
 学校テロ事件によってみんなの日常を破壊することが出来て、私は満足していた。
 私はこんななのに、普通に学校に通って、普通に青春を送るみんなのことが許せなかったから。
 噂では、私に復讐された生徒の中にはPTSDになった人がいるらしい。
 ざまあみろ、って思った。
 私の痛みを知って、もっともっと苦しめって思った。
 平沼たちもそうなっていると思った。
 直接制裁されていなくても、ニュースや噂で外に出る恐怖は充分に伝わっているはず。
 それだけでもトラウマになる。
 私のことが怖くて外に出られない。家に居てもいつ襲ってくるかわからない。いつも恐くて震えている。安息できる時間なんてない。
 気がついたら精神異常のひきこもりだ。
 みんなそうなればいい。
「何なんだよ、あいつ」
 鼻歌を歌いながら平沼は歩いていく。
 怯えている様子はない。
 イラだちながら私は後をつけた。
 数分ほど歩いた。
 住宅街の道を何回か曲がり、目的地に到着した。
 コンビニ。
 何の変哲もないチェーン店。
 平沼は店内へ入っていった。
 私は建物の屋上から平沼を見ている。
 店内の様子は詳しくは見えないが、お菓子やらパンやらを数点買った様子だった。
 数分で店内から出てきた。
 スーパー袋をぶら下げて能天気にスマホをいじっている。
「歩きスマホは危ないからやめろ」
 呟くが平沼は私に気づく様子はない。
 猫背で気だるそうに帰路に着く。
 午前九時過ぎ。
 住宅街の道路には活気がない。
 通勤通学は一段落し、人気は多くない。しかし、庭先に出て何かの作業をする主婦や、散歩する老人、ゴミ収集業者や配達業者やらで、ゼロになることはない。
 だけど関係ないと思った。
 現場を見られたからといって誰にも止められない。
 警察に通報されたからといって捕まらない。能力を使えば空から逃げられるし、数人がかかりで私を止めにきても、私なら返り討ちに出来る。
 髪の毛やら皮膚辺やらからDNA検査をされたとしても、この辺りは私の地元でもあるから決定的な証拠にはならない。
 そもそも、非力な中学生である私が、これだけの暴行事件を起こせる証拠はどこにもない。学校を破壊することも、車を遠隔操作することも、方法が証明されない限り、どうせ証拠不十分。
「そうだ。私はスーパーヒーローなんだ。無敵なんだ。コソコソしなくなったいいじゃんか」
 そう思って建物の屋上から道路に飛んだ。
 ほんの数秒。
 風を切って平沼の前に着地した。
「……!?」
 平沼は驚いて声にならない声をあげる。
 私は能力を使って平沼の口を覆った。
「あ……、あぁぁ」
「うるさいから喋るな」
 いくら叫んでも声は外に響かない。
「わかった?」
 平沼は目を白黒させながら何度もうなずく。
 私は口元を覆っていた能力を解除する。
「こんな昼間っから能天気に出歩いてさ、警戒心ゼロ? バカじゃないの?」
「う、うぅ……はぁはぁ……」
「何とか言ったらどうなの? ねえ?」
「あ、あぁぁ……、た、たすけてぇ」
「みんなそればっかり! 何だよ! 今まで散々、酷いことしてきたくせに都合良すぎなんだよ!」
 私は能力を使い平沼を宙づりにする。
 全身を締めあげる。
「あ、あぁぁ……、いや、いやぁ、た、たすけてよぉ」
 平沼は涙声になりながら懇願する。
「うるさいな! 喋るなって言ったじゃんか!」
「はぁはぁ……ぐあぁぁ! あぁぁあ」
 より強く締めあげる。
 苦しそうな平沼のことを見ていると嬉しくなる。
 住宅街の道路。
 通行人。
 徒歩。自転車。バイク。車。何人もの人が通りぬける。
――ざわざわざわざわ。
 けれど立ち止まって駆け寄ってくる人は居ない。
 止めようとする人も居ない。
 世の中なんてそんなもの。
 半年前、赤いペンキに染まった私が家に帰った時、助けようとしてくれた人は誰も居なかった。
 世界は冷たい。
 こんな世界なくなってしまえばいい。
「みんな、みんな……、大嫌い! 大嫌い!」
「ぐああぁぁ……!」
―――ミシミシミシ……。
 全身の骨がきしんでいる音がする。
 能力で触れている物は何となく感覚が伝わる。
 激しい脈。
 高い体温。
 小刻みに震える体。
 それは平沼の?
 それとも私の?
「はぁはぁ……、き、嫌い。嫌い。み、みんな、みんな嫌い!」 
 もう片方の見えない手を使い私は平沼の体を殴った。
 握り拳を作り何度も何度も叩いた。
「ぐあぁぁあ! あぁぁ!」
――ザアアアアアアアアアアアアアァァァァ
 大粒の雨が降り出した。
 冷たい雨粒が体に打ち付ける。
 証拠を隠すにはちょうどいい雨だ。
「死ね! 死ね! 死ね!」 
 死なない程度に何度も殴った。
 鈍い音。
 それに混ざる甲高い声。
 痛みを思い知らせたかった。
 虐めをしてきた報いを受けろ。
「死ね! 死ね! 死んじゃえ!」
 何度も何度も叩いた。
 無我夢中だった。
 時間を忘れた。
 周りが見えなくなった。
 ただ必死だった。
 必死に戦っていた。
 どれくらいの時間が経ったのかわからない。
――がやがやがやがやがや
「え?」
 気がつくと私たちの周囲に野次馬が出来ていた。
 カラフルな傘。
 何十人もの人が周りを取り囲み私たちを見ている。
「何だよ! 見世物じゃないんだよ!」
 私は叫んで野次馬を追い払おうとした。
 その時だった。
「え?」
 野次馬の中に知っている顔を見つけた。
 今、一番見たくない顔だった。
「百合……ちゃん?」
 百合ちゃんはじっと私の方を見ていた。
 何で? 
 何で? 
 どうして百合ちゃんがここに?
「ち、違うんだ! 百合ちゃん、こ、これは」
 咄嗟に出た言葉。
 何が違う? 
 何も違くない。
 何でこんなこと……。
「い、今復讐してたんだ。私はスーパーヒーローになったんだ。何も悪いことなんかしてないよ。だから謝らない。謝る必要なんかどこにも……」
 早口の途中で、百合ちゃんは踵を返した。
 どこかへ立ち去ろうとする。
 私はすぐに追いかける。
「ま、待ってよ! 百合ちゃん」
 百合ちゃんの肩を掴んで呼び止める。
「百合ちゃん!」
 そうしたら百合ちゃんは振り返って言った。
「離してください。誰ですか? あなたは」
「え?」
「あなたなんて知らないです。やめて下さい」
 冷たい声。
 無表情。
 さすように冷たい目。
 こんな百合ちゃん今まで見たことがなかった。
「あ……、百合ちゃん……、私」
「離して下さい」
「あ……」
 手から力が抜けた。
 足からも。
 頭からも。
 心からも。
「あ、ゆ、百合ちゃん……」
 百合ちゃんはその場を立ち去る。
 私は後を追えない。
 体中から力が抜けて、その場から一歩も動ける気がしなかった。
「何で……、私、こんなに」
 その場でうずくまった。
 体が震え、頭が真っ白になった。
 胸が痛い。
 ナイフで抉られたようにヒリヒリと痛い。
「あ……あ……」
 途端に恐くなった。
 多数の野次馬。
 みんなに見られている。
 恐い。恐くて恐くて、凄く恐い。
 震えが止まらなくなる。
「はぁはぁ……、あ……、はぁはぁはぁはぁはぁ」
 呼吸が荒くなる。
 視線が恐い。
 顔を手のひらで覆う。
「見ないで……、見ないでよ……」  
 何も出来る気がしない。
 途端に、悲しくなる。
 逃げだしたい。
 何で?
 何も間違ってないのに。
 何で?
 何も悪いことしてないのに。
 何で?
「私の人生……、みんなみたいにいかないの……」
 呟いた。
 雨粒が一つアスファルトに落ちる。
「何で……、どうして……、百合ちゃん……」
――ブォーーーーーン、ブォーーーーーーン
 大きな音がした。
 パトカーの音。
――ざわざわざわざわざわ
 慌ただしい声がする。
 言葉の内容は耳に入ってこない。
「こっちです、こっち! ここで女の子が……」
 声がした。
 人の気配が近づいてくる。
 振り向く。
「大丈夫かい?」
 警察だった。
 制服を身に纏い体格のいい大人の男性。
「……え?」
「いや……、だってきみ……泣いているから」
 太い声。
 高い身長。
 歳は三十代くらいか。
 真面目そうな顔。
「え……、あ……」
 周りに警察官が他に三人。
 逃げようと思えば逃げられる。
 能力を使えば私は誰にも止められない。
「一度、パトカーの方へ行こうか」
 警察官が私の腕を掴む。
「いや……、あ、私は……」
「大丈夫だから。ね」
「あ……、あ」
 言われるがまま私は立ちあがった。
 逃げようと思えば逃げられた。
 でも、何もする気がしなかった。

 
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