ゆめゆあ~大嫌いな私の世界戦争~
橋の上で
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 テレビで梅雨入りのニュースがやっている。
 最近は雨が続いている。
「今年の六月は記録的雨量です。河川の氾濫に注意してください」
 アナウンサーが笑顔で言っている。
 明け方。
 今日も雨。
 アスファルトに反射する雨音。
 薄暗い街へ私は飛びだす。
 空を飛んだ。
 ビニール傘は魔法使いのホウキ。
 魔女になった気分だ。
 入間川へ行った。
 桜ヶ丘公園の隣にある川。
 一級河川。川幅が広く川岸には大きな石ころが転がっている。
 氾濫対策のため盛られた土の壁が何層にも渡っており、その間には豊富な草木や運動場なんかがある。
 溢れる自然。十数キロに渡るサイクリングロードもある他、土手の上は散歩道として整備されており近隣住人の健康を支えている。
 そんな川にかかる大きな鉄橋に私は降り立つ。
 狭山大橋。
 幹線道路に連絡する交通量の多い橋。
 けれど今はほとんど誰も居ない。
 川を見下ろすと水位が上がっている。
 二層目まで水が来ている。
 でもまだまだ氾濫するほどじゃない。
 思えば百合ちゃんと出会ったのもこんな雨の日だった。
 今年の一月。
 風が冷たい日だった。
 学校に行けなくなってから半年経って、私は自暴自棄になっていた。
「もう生きていてもしょうがない」
 死のうと思ったんだ。
 朝。
 六時くらいだったと思う。
 薄暗い狭山大橋に私は来た。
 自殺スポットに橋の上を選んだのは特に意味があったわけではない。
 ただ頭に浮かんだ場所がここだった。
 休日で人気がない。
 私は手すりを跨いで橋のギリギリに立った。
 下を見たら大きな川。深くて底が見えない。飲み込まれそうだって思った。
 少し見ていたら頭が真っ白になった。
 恐くなった。
 恐くなってしまった。
 私はすぐに手すりを跨いで歩道へ戻った。
「私はだめだ。だめだ。ほんとにだめだ。だめだ」
 自殺すらまともに出来ない。
 恐がりで臆病。
 情けない自分に腹が立った。
「もう嫌い! 大嫌い!」
 頭をかきむしってやるせない気持ちになった。
 学校にも行けない。
 顔も悪い。
 人と話せない。
 空気を読めない社会不適合者。
 私には何もいいところがない。
「うわぁああ! きらいきらいきらいきらいきらい!」
 そのくせに自分の世界に入ると周りが見えなくなる。
 道路のすみっこで大声で叫んだ。
 人目は気にならない。
「――ん?」
 そんな時だった。
 橋の反対側で、手すりを跨ぐ少女を見かけた。
 歳は同い年くらいで、メガネをかけた綺麗な少女だった。
 百合ちゃん。
 彼女がしようとしていることは容易に察しがついた。
 だけどそれを私は嬉しいと思ったんだ。
 私と同じように自殺志願者の彼女が嬉しかった。
 何でなのかはわからなかった。
 いや、わからないフリをした。
「自……、なんて……、だめ……、です」
 気がついたら声をかけていた。
「……?」
 きょとんとしていた。
 ひきこもり生活を経て私のコミュ症は拍車がかかっていた。
「あ、あわああ……、あわ」
「あわ?」
 見ず知らずの他人に自分から声をかけるなんて生まれて初めてだった。
 だけど話しかけないといけない気がした。
「いや……、あの……、だから……、その」
 言葉は途切れ途切れ。
 目線は合わせられない。
 体が小刻みに揺れる。
 きっと気持ち悪かった。
 だけど百合ちゃんは言ってくれた。
「ふふふ。ありがとうございます」
「……?」
「自殺……、するって思ったんでしょう? ありがとうございます。止めてくれて。でも、そんなことするつもりはないので安心してください。そんな勇気、私にはないですから」
 百合ちゃんの笑顔は気品に溢れていた。
 同時に儚げで、どこか色っぽくて素敵だった。
 私とは全然違う。
 だけどそんな百合ちゃんに私は共感した。
 そして共感して欲しかった。
 ひとりぼっちの私の側に居てほしかった。
 彼女だったら居てくれるんじゃないかって思った。
「優しいんですね」
「え……!?」
「私だったら自殺しようとしている人がいても、声をかけるなんて絶対に出来ないですもん」
「え……? あ、……、いや、私は……」
「ふふふ。オドオドしてて可愛いですね」
(え? バカにされてる?)
 そう思ったけれど言葉には出来なかった。
 百合ちゃんはしばらく橋のギリギリから川を見ていた。
 冷たい風に吹かれ、赤くなった頬が可愛かった。
 少し経って百合ちゃんは道路に戻ってきた。
「どうせ自殺なんて出来ないけれど、何か、ここにいたら気が楽になるんです」
 たまにこうしているという。
 自嘲して笑う。
「あ、私……、そろそろ帰りますね。親に内緒なので!」
「あ……、あの、えっと」
「ん?」
「あわわ……、わたし……、その、雨宮! 雨宮ゆゆです!」
 声が裏返った。
 こんな自己紹介変だ。
 だけど百合ちゃんは笑ってくれた。
 優しいのは百合ちゃんの方だよ。
「ふふふ。私は白井百合葉って言います。桜ヶ丘中の二年です」
「わ、私も王川中の二年で!」
「あら、同い年ですね!」
「そそそ、そうです! ね!」
「ふふふ、雨宮さんって面白いんですね」
「え?」
「くすくす……、なんていうかそのリアクションていうか動きが……、ふふふ、変で」
(やっぱりバカにされてる?)
 そう思ったけどやっぱり口には出せなかった。
 すると百合ちゃんがそれに気づいたのか口を開いた。
「あ! ごめんなさい! 初対面の人にこんなこと言って」
「え……、いや」
「私だめなんです。私バカで思ったことをついつい何も考えずに言ってしまう時があるんです。そのせいで空気読めない奴だって思われて学校で虐められてるんです。私はそんな自分が嫌いで学校に行くのも最近嫌でこんな所に来たりしてて……、って、また聞かれてもいないのにこんなに話して……」
 凄く早口だった。
 慌ててる百合ちゃんを見たら何だか安心した。
「あはははは」
 思わず笑ってしまった。
 自然と笑みがこぼれた。
「えー! 何ですか! 笑わないでくださいよぉー、もう-」
「あ、いや……、ごめん。悪気はないんだ! 私も虐められてるから気持ちはわかるよ」
 わかる。
 わかりたい。
 いやわかって欲しい。
 私のことも知って欲しい。
「見てわかるとおり、なんだけど……、私、変わってるから、ずっと虐められててさ、今、不登校なんだ。私なんて全然、だめだめなんだ」
 ひきこもって半年。
 人と話したのも半年振り。
 これ以上ない社会不適合者。
「そんなことないですよ」
「え?」
「全然、だめだめじゃないですよー」
「だめだめだよ! 私なんてひきこもりだし不登校だしさ、友達もいないしコミュ症だし、何もいいところないよ」
 そうなんだ。
 私には何もいいところがない。
 でも百合ちゃんが言ってくれたんだ。  
「だって雨宮さん、私のこと助けようとしてくれたじゃないですか」
「それは……」
「あんなこと普通は出来ないですよ。ましてや人と話すのが苦手なんですよね? なのに、勇気を出して止めようとするなんて、もの凄く優しい人じゃないと出来ないですよ」
 百合ちゃんは真っ直ぐに私の目を見て言った。
 それが嘘じゃないってバカな私でもわかった。
 人に褒められたのはいつ以来だろうか。
「私も雨宮さんみたいになれたらなぁ」
 ぽつりと呟いた。
 その言葉が凄く恥ずかしかった。
 顔が熱くなった。
 考えられないくらいに熱くなった。
「あ、顔赤いー。かわいいー」
「ち、違う」
「えー? 違うって何がですか?」
「か、可愛くなんてない……、から」
「いやいや可愛いですよー」
「ば、バカにするな!」
 それが百合ちゃんとの出会いだった。
 それから狭山大橋の上で何回か会った。顔見知りになり、やがて連絡先を交換した。
 そしてネットで知りあったメルを加えた三人で、その二ヶ月後、エンジェルトランペットを結成した。

 
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