ゆめゆあ~大嫌いな私の世界戦争~
降水確率〇%
 19

「百合ちゃん……、何でここに?」
 体育館。
 百合ちゃん。
 最後に会ったのは一ヶ月くらい前。
 私が警察に捕まった日。
 冷たい顔の百合ちゃんに愕然とし、力が抜けて逃げる気力も起きなかった。
 私たちはもう他人?
 なのに今さら何をしに来たんだ。
「ゆゆちゃん! 何してるんですか!」
 百合ちゃんは大きな声で言った。
 今まで聞いたことがないくらいの声量。
――シ―――――――――――-――ン
 百合ちゃんが叫ぶと体育館が静かになった。
 何ごとかと三〇〇余名の動きが止まり、視線が百合ちゃんに向く。
「ゆゆちゃん!」
 百合ちゃんは私に向かって歩いてくる。
 私の方を見てる。
 私は視線をそらす。
「な、何だよ!」
 マイクを通して百合ちゃんに言う。
 顔は見えない。
「これが本当にゆゆちゃんがやりたいことなんですか?」
 意識を失い倒れた芥川結愛。
 前方には大楠先生。後方には堀兼先生と警察官の二人が昏倒し出血している。
 ドアは金属と木片で封鎖。天井には穴があき、逃げ惑う人々。
「こんなことして、本当に変われるって思うんですか?」
 話しながら百合ちゃんが近づいてくる。
 姿勢がいい。
「そ、そんなこともうどうだっていいんだよ!」
 私はもう死ぬ。
 これからみんなを殺して自殺するんだ。
「どうでもよくないですよ。大事なことです」
「はぁ? 何言ってんの! もうどうだっていいんだよ!」
「いいえ、大事なことです!」
「うるさいな! それを決めるのは私なの! 百合ちゃんには関係――」
 前も同じような話をした。
 私の人生を決めるのは私。
 百合ちゃんには関係……ない。
 関係、ないんだ。
「確かに私には関係ないことかもしれませんね。ゆゆちゃんの人生ですから」
「そ、そうだよ! 私の人生は私が決めるんだ」
 百合ちゃんは歩を止めない。
 しかしうなずく。
「ですね。だったら私の人生も私が決めていいということになりますから、私は私の意思に従ってやりたいようにやります」
 段々と近づいてくる。
 二〇メートル。
 一九メートル……。
「私は争い事が嫌いですし、ゆゆちゃんが人殺しになるのは嫌なので、ゆゆちゃんを止めようと思います」
 一八メートル。
 一七メートル。
 百合ちゃんの力は人を洗脳する力。
 相手の目を見て命令するだけで意のままに操ることが出来る。
 百合ちゃんと視線を合わせてはいけない。
 私は下を向く。
「メルくんが、ゆゆちゃんの校内放送を聞いてたんです。ちょうどこっちに来てたみたいで。メルくんもゆゆちゃんのこと心配してたんですよ。それで私に連絡をくれたんです」
 一六メートル。
 一五メートル。
 来るな。
 近づくな。
「能力は使いたくなかったけれど、時間がなかったから道路でヒッチハイクさせてもらって、ここまで連れて来て頂いたんです。ちょっと強引だったかなぁ、えへへ」
 一四メートル。
 一三メートル。
「く、来るな!」
 ドシャァアァァン! ドシャァアアン!」
 私は散らばっていた破片を百合ちゃんに向かって投げた。
「ち、近づくな!」
 当たった? 
 当たったら死ぬ。
 死んだ?
 百合ちゃんが? 
 え?
「ゆ、百合ちゃん!」
 思わず視線を向けた。
 目が合った。
 燃えるような赤い瞳。
「ゆゆちゃん……、もうこんなこといい加減やめにしませんか?」
「う……!」
 咄嗟に視線をそらした。
 目が合ったら能力にかけられる。
 私の力を持ってしても逃れられない。
 これまでの行いがみんな無駄になる。
「お願いです。私に能力を使わせないで下さい」
 百合ちゃんは力を使ってなかった。
 思考は正常。
 何で? 
 何で使わないの?
「ば、バカにするな! 私のこと舐めてるの?」
「違います。そんなこともわからないんですか?」
 百合ちゃんの言ってることは昔からよくわからない。
 そんなんだから百合ちゃんも虐められるんだ。
 百合ちゃんこそ変わるべきなんだ。
「うるさい! うるさい ! うるさい!」
 ドシャァァアァン! ドシャアアァン!
 再び破片を投げた。
 しかし当たらない。
「こ、これ以上近づくな! 近づいたら次は本気で当てるよ!」
 当たったら死ぬ。
 私のパワーは車を持ちあげられる程。
 物を投げたら速度は何百キロ。
 まず間違いなく死ぬ。
「どうぞ。当ててみて下さい」
「……!」
 一〇メートル。
 九メートル。
 百合ちゃんは止まらない。
「ほ、ほんとに当てるよ!」
「どうぞ。お願いします」
 八メートル。
 七メートル。
 どんどん近づく。
 やめて。
 来ないで。
「百合ちゃん!」
 六メートル。
 五メートル。
「こ、来ないで! お願いだから、来ないで……よ」
 四メートル。
 三メートル。
 二メートル。
「だめです」
 一メートル。
 目の前まで来た。
 黒い髪。銀色のメガネ。白い肌。よく知ってる百合ちゃん。唯一違うのは、赤く光る瞳。
 視線をそらす。
「ゆゆちゃん、こっちを見て下さい」
「な、何でだよ」
「人の目を見て話すのはマナーですよ。コミュ症のゆゆちゃん」
「う、うるさいな!」 
 怒るが目は見られない。
 下を向いたまま。
「なーんだ。あんなに啖呵切ってたのにも関わらず、結局、何も変われてないじゃないですか」
「ち、違う! 目を見たら洗脳されちゃうから見られないだけだ!」
 嘘じゃない。
 百合ちゃんに洗脳されたら全て台無し。
「ゆゆちゃん!」
 百合ちゃんは私の顔を掴んだ。
 無理矢理に向きを変えた。
 勢いでマイクを落とした。
「う……!」
 目の前に百合ちゃんの顔。
 真っ直ぐに私を見る。
 見つめ合う。
 でもすぐに視線をそらす。
「心配したんですよ。LINEしても返事来ないし、電話も出ないし……。メルくんに聞いたら警察に捕まったって聞いて……」
 優しい声。
 ケータイは家に置いてきた。
 何だよ。
 勝手なこと言うなよ。
「ふ、ふざけんなよ! 警察に捕まったのは百合ちゃんのせいじゃんか! もう他人なんでしょ! 心配なんか嘘だ!」
 あの日の百合ちゃんの態度は冷たかった。
 そのせいで私はびっくりして力が抜けた。
 警察に捕まったのは百合ちゃんのせい。
 警察に捕まらなかったら今日の計画も思いとどまったかもしれない。
「悪いのは全部百合ちゃんだ。百合ちゃんが悪いんだ」
 言葉が溢れる。
 違う。
 こうじゃない。
 言いたいことはこうじゃない。
「百合ちゃんなんて偽善者だ。嘘つきだ。みんなと同じだ」
 止まらない。
 口が勝手に動く。
 気がついたら視線なんて気にしてない。 
「私のことを助けてくれなかった。裏切った。みて見ぬフリした。一番の理解者だって思ってたのに」
 目を見て言った。
 瞳が赤い。
 洗脳される?
 そんなのどうでもいい。
 頭に血が上って言葉が止まらない。
「百合ちゃんなんてやっぱり嫌い! 大嫌いだ!」
 百合ちゃんは悲しそうな顔をする。
「離してよ! 私はもう死ぬんだ」
 百合ちゃんの拘束を解く。
 落としてしまったマイクを拾って体育館を見渡す。
 百合ちゃんが開けた穴はトラックがぴったりはまっていて逃げることは出来ない。
 しかしみんなが集まって、必死に穴を広げようとしている。
「逃がすか!」
 能力を使い破片を飛ばす。
 誰にも当たらない。
 けれど群がっていた人々は散らばる。
「みんなここで死ぬんだよ! 散々、酷いことをしてきたんだから悪あがきするな!」
 天井を能力でむしり取る。
 大きな金属片や木片を使い体育館の四方に壁を作る。
 高い壁。
 とても乗りこえられないバリケード。
 行き場を失い人々が舞台周辺に密集する。
「あはははは! 私は無敵なんだ! 誰も私には勝てないんだ!」
 思えばあの日無敵の念力を手にした。
 おかげで人生は変わったのかも知れない。
 だけど私は変われなかった。
「ゆゆちゃん、もういいんじゃないでしょうか?」
 百合ちゃんが近づいてきて言った。
 私は無視する。
「ゆゆちゃん。もう昨日は終わったんです。もう過去と戦う必要はないんですよ」
 無敵の力を手に入れて私は戦争を始めた。
 昨日と戦う戦争だ。
 だけど圧倒的な力があっても思うようにはいかなかった。
「ゆゆちゃんの世界戦争はゆゆちゃんの敗北で終戦です。それでいいんじゃないですか?」
 百合ちゃんの言うとおりだった。
 私は負けた。
 過去に負けたんだ。
 虐めにもみんなにも勝つことが出来なかった。
 私は弱い。
 無敵の力があっても、私は無敵じゃない。
 ただの弱虫だ。
「それともこれは勝ちなんですか? みんなを殺して自殺することが?」
「そんなわけないじゃんか」
「だったらもう……」
「うるさいな! 少しは黙っててよ!」
「黙れるわけないじゃないですか! この状況で!」
「うるさい!」
「うるさくないです!」
 思えばずっと私は戦ってきた。毎日、目が覚めると学校のことを思い出す。
 みんなの刺すような目線。心につっかえる陰口。そしてみんなに無視される教室。
 一日中、それは消えない。
 昼も夜も、百合ちゃんと居た時も、お母さんと居る時も、映画を見てる時も、散歩してる時も、消えない。
 雨が好きだったのは、消してくれる気がしたから。
 雨粒が、洗い流してくれる気がしたから。
 傘を振りまわして一緒に戦った。
「もう過去に縛られるのはやめましょう。どうして今と向き合おうとしないんですか?」
 それが出来たら苦労しない。
 私だって好きでこうしてるわけじゃない。
「百合ちゃんにはきっとわからないよ」
 振り返って百合ちゃんを見る。
 必死な顔。
 そんなにまでして私を止めたいの?
 何で?
「またそれですか?」
「そうだよ。百合ちゃんと私は違うから。きっと私の気持ちはわからない」
 百合ちゃんは清廉だ。
 私みたいに汚れていない。
 だからなんだ。
 イライラするのは。
 私はきっと百合ちゃんに憧れてた。
 私みたいに汚れてない百合ちゃんを凄いって思ったんだ。
「覚えてますか? ……私たちが出会った日のこと」
 百合ちゃんは突然に切りだす。
 覚えてる。
 半年前の一月。
 入間川の狭山大橋。
 私はあの日も自殺するつもりだった。 
「あの日、私はゆゆちゃんに救われたんです」
 懐かしそうに言う。
「救われた?」
「そうですよ。忘れちゃいました? あの日、自殺を止めようとしてくれたじゃないですか」
 覚えてる。
 自殺できなかった私が髪をかきむしっている時に、反対側で橋から飛び降りようとしている百合ちゃんを見つけた。
 私は百合ちゃんに共感して、コミュ症のくせに自殺を止めようと話しかけた。
「でもあれは、自殺じゃなくてあそこに居ただけだったんでしょ?」
「本当にそう思います?」
「え?」
 少し視線を落とした。
 そう言えばあの日もこんな顔だった。
「あれは嘘です。本当は死ぬつもりでした。たまに来てるって言ったけど、それも嘘。あれが初めてでした」
 疑ったことはなかった。
 だって百合ちゃんはそんなに辛そうに見えなかったから。
「私も昨日に負けたんです。ずっと虐められてきて、もう限界でした」
「百合……ちゃん」
 びっくりした。
 言葉に詰まる。
「でもね、ゆゆちゃんが救ってくれたんです」
「私が?」
「そうです! ゆゆちゃんは私のスーパーヒーローなんです!」
 満面の笑みで笑った。
 花畑一面のマリーゴールドみたいに輝いている。
「あの日、ゆゆちゃんが話しかけてくれた時ね、私は本当に嬉しかったんです!」
 嬉々としてる。
 フラワーガーデンで植物の話をしてる時よりも、もっともっと。
「かっこよかったんです! だって、普通出来ないですよ? 見ず知らずの人に話しかけるなんて。それが自殺しそうな人だったとしてもです」
 それは百合ちゃんに共感したからだ。
 いつもだったら絶対に出来ない。
「しかもその後、不登校で全然人と話してないって聞いて、もっと好きになりました。だってそうでしょ? 自分がそんな状態なのに誰かを助けようなんて、スーパーヒーローでもないと出来ないですよ」
 恥ずかしかった。
 人に褒められるなんて滅多にない。
 こんな時、どうしたらいいのかわからない。
 顔が熱くなる。
「あー、顔が赤くなってるー! 可愛い―!」
「う、うるさいな!」
 違うんだ。
 私はただ、百合ちゃんだったら側にいてくれるかも知れないと思っただけなんだ。
 利用しようとした。
 私の気持ちを理解してくれる人が欲しかった。
 友達が欲しかった。
 それだけだったんだ。
「ゆゆちゃんは紛れもない私のヒーローです」
 違うよ百合ちゃん。
 そんなの勘違いだ。
 私はそんな凄い人じゃない。
 ただ寂しかっただけなんだ。
「だからね、今度は私がゆゆちゃんを助けます。私はエンジェルトランペット所属。正義のヒーロー、ホワイトリリー・マリーゴールドです。私もゆゆちゃんのヒーローになれますか?」
 百合ちゃんは体をねじって決めポーズをする。
 何のキャラクターの真似だろう。
 わからない。
「正義のヒーローなんてこの世界には居ないよ。みんな、フィクションなんだ」
 この世界は辛いことばかりだ。
 ヒーローなんてどこにもいない。
 私はいつもひとりぼっちだった。
「じゃあ、友達になれますか?」
 え? 
 何?
 もう一回言って?
「友達になりませんか? ゆゆちゃん」
 思いも寄らない言葉に思考停止する。
 言葉を返せない。
 友達? 
 何で?
 百合ちゃんと?
「というか、私たちもう友達ですよね?」
 え?
 そうなの?
 友達なの?
 いや違うよ。
 私たちは復讐クラブの仲間。
 復讐っていう理由の下に集まった同士。
 それだけだ。
「え……、あ……? いや、ち、違うよ。友達……じゃない」
「友達ですよ!」
「え……? あ……、そう? なの? いや……、ち、違う、違うよ。だって、友達になろう、とか……言ってない、し」
「友達になるのにそんなの言うほうがおかしいですよ!」
「……え? そ、そうなの?」
 困惑した。
 余りにも突然だったから。
 こんなこと言われるなんて思ってなかった。
 友達のなり方なんて知らない。
 芥川たちの時が初めてで、それ以外に友達がいたことはない。
 あの時は、友達になろうって言ってから友達になったから。
 そういうものだって思ってた。
「で、でも……、私なんか、じゃ、百合ちゃんの友達の資格……なんて、ないし……」
「友達に資格なんていらないです」
「だ、だけど……」
「うるさいな! もう!」
 面倒くさそうに大きな声を出した。
 百合ちゃんは私の近くへ怒った顔で近づく。
 少し恐い。
 体が震える。
「あわ、わぁあ」
「今日から私たちは友達です。わかりましたか?」
 百合ちゃんは私を抱きしめて言った。
 柔らかい肌。温もり。
 花の匂い。
 また植物園で仕事してきたのかな。
 二人で行ったあの日は楽しかったな。
 また行きたいな。
「わ・か・り・ま・し・た・か」
 百合ちゃんは怒ったように言った。
 私はびっくりして何を言えばいいのかわからない。
 声が震える。
「ゆ、百合ちゃん……」
「なんですか?」
「百合ちゃんのこと、と、友達って……、い、言ってもいいの?」
 胸が締めつけられるようだった。
 こんなこと言ったのは初めてだ。
 恐かった。
 今までのどんなことよりも恐かった。
「はい! もちろんです!」
 百合ちゃんはそう言って笑った。
 その笑顔が何よりも嬉しかった。
 今までのどんなことよりも嬉しかった。体育倉庫を燃やした時より、教室を破壊した時より、芥川たちを締めあげた時よりも、もっともっと嬉しかった。
 体が軽くなった。
 まるで宙に浮くような感じ。
 足が地に着かなくなった。
 途端に膝から崩れそうになる。
 色んなことが不安になった。
 誰かを頼りたくなった。
 話したくなった。
「百合ちゃん……、私、ずっと百合ちゃんと、と、友達になりたかった」
 最初からずっとそうだ。
 私は寂しかった。
 百合ちゃんに声をかけたのは、百合ちゃんと友達になりたいって思ったからだった。
 だけど方法がわからなかった。
 友達の作り方なんて知らない。
 だからエンジェルトランペットを作った。
 同じクラブの仲間。
 復讐という目的の下に集まった仲間。
 ネットで出会ったメル。
 そして百合ちゃん。
 二人と一緒に居られると思った。
「百合ちゃんが待ってくれてたのもわかってた。私のこと心配してくれてたのもわかってた。なのに……、ごめん。ごめんね百合ちゃん」
 百合ちゃんは何度も私にチャンスをくれた。
 昨日はもう終わり。
 過去は忘れて。
 今と向き合う。
 何度となく百合ちゃんは私を待ってくれた。
 だけど私は言えなかった。
「百合ちゃんと友達になりたい」
 って言えなかった。
「恐かったんだ……、私……、もしそう言って、裏切られたらって思ったら……、恐くて、言葉が、出なくなった」
 友達の作り方は知らない。
 でも自分の気持ちは知ってる。
 一言。
 たった一言でよかった。
 ほんとうの気持ち。
 思ってること。
 それを伝えられたらよかった。
「ごめん……、ごめんね、百合ちゃん……、ぐす……ぐすぐす……、ごめん……、ごめん」
 言いたいことを言えなくて、どんどんおかしくなった。
 百合ちゃんに心配されたらされるほど、どうしたらいいのかわからなくなった。
 自分でもわかってた。
 やり過ぎだって思ってた。
 だけど素直になれなかった。
 それが楽だったから。
 今と向き合うよりも、終わった昨日と戦う方が何百倍も簡単だったから。
 そのなれの果てが今日、この瞬間。
「ぐすぐす……、う゛あ……、ごめん、ごめぇん……、ごう゛ぇんね」 
 百合ちゃんの腕に抱かれる。
 花の匂い。
 涙が零れる。
「う゛あぁぁ……、ぐすん……、ごめ゛ぇん……、ごめ゛ぇん」
 破壊された体育館。
 天井は剥がれ落ち、壁にはトラックがめりこんでいる。
 床にはたくさんの穴。
 何人もの人が昏倒している。
 そり立つ高い壁によって逃げ場を失い密集する三〇〇余名の人々。
 みんな私がやったこと。
「ごめ゛ぇん、ごめ゛ぇん……、ごめ゛んね……、ぐすぐす……、う゛ああぁあああ」
 涙が止まらなくなった。
 伝えたいこと。
 言いたいこと。
 本心が涙になって溢れだした。
「ぐすぐす……、う゛あぁあぁあ、ごめ゛ぇん……、百合ちゃん……、う゛ああああああ」
 今は何も考えられない。
 何も出来ない。
――ぽつん……、
「あ、雨ですね」
 雨粒が額にひとつ落ちた。
 穴の空いた天井から続けざまに何粒も落ちる。
 見上げると厚い雲。
 快晴の空は見る影もない。
「雨……」
 全てを洗い流してくれる雨は私の友達だった。
 いつだって味方だった。
――ザアアアアアアアアアアアアアアァァァア
「わぁ、嵐ですね」
 雨が勢いよく打ち付ける。
 少し温かくて、しょっぱい雨。
 降水確率〇%。
「なんだよ……、やっぱり……、雨、じゃんか」

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