夏に溺れる。





「あ。落ちた。」


その言葉が吐かれたと共に俺は大きな水溜りに落ちた。暑くなった体を冷たい水が包み込み温度が下がるのがわかった。

外の空気を吸おうと水面から顔を出したらまた、水の中に戻された。

バッシャーンっと大きな音を立てて俺に続いてもう一人水の中に落ちてきたからだ。


「ぶはっ……。はぁ…、気持ちいいねぇ……!」


飛び込んできたもう一人が水面から顔を出し、俺に向かって話しかけてきた。
そりゃ、こんな蝉時雨が響く真昼間。とても暑いのは当然だ。そんなときに、水の中に入ったら気持ちいいに決まって……


「っじゃなくて!!なんで飛び込んでくんだよ!?」


俺の叫びは、笑ってはぐらかされた。
目の前にいる先程飛び込んできたもう一人、高木なつきのせいで最初より濡れた。
髪の毛も制服も、何もかもがびしょびしょだ。


「いいじゃん。夏だもん。暑いもん。悠斗も濡れてるせいかいつもより断然かっこいいよ!」


「そりゃ暑いけど……、俺を褒めて制服を濡らしたことを正当化するな。そもそも俺がプールに落ちたのだって高木がホウキ振り回して俺を突き飛ばしたからだろ!」


そう。今日は暑い中、俺と高木の二人でプール掃除だ。
残念なことに俺たちの担任の先生は体育教師なのでクラスの代表として俺と高木が掃除することになった。

いや、別に文句は無いのだけれど。俺がクラスの中で一番じゃんけんが弱かったのが悪いのだ。運の無さに俺は呆れてしまう。
クラスメイトには口々に「どんまい」「頑張れ」と言われた。

クラスメイトを悔しさから睨もうとも思ったがやめた。それをしてしまったらただの負け惜しみだ。

ただ、これだけは思う。休みを使ってプールを掃除するんだ。全校生徒に感謝していただきたい。

さて、じゃんけんで負けたのは俺一人だけだった。さすがに一人でプールを掃除するのはきつい。じゃあ、誰かに手伝ってもらえばいいのではないか、そう思ってクラスメイトを一人一人見るも全員に無視される。いじめか。

諦めて一人で二日、三日かけて掃除をしようと思った時だった。


「悠斗、私も一緒にやろうか?」


このときだけ俺は高木が神様かなにかに見えた。





「なんでこんなに暑いかな……。暑すぎんだけど。」


プールから上がった俺と高木は文句を言いながらプールサイドに腰をかけた。
この暑さなら制服はすぐ乾くだろう。今のこのびしょびしょのまま家に帰ったら家族に心配されてしまう。


「まぁ、そんなカリカリしないで。暑いのは当たり前だよ、夏なんだから。カリカリしすぎたらハゲちゃうよ?」


「……それは困るな。」


もう暑くて動けない。

俺は特別高木と仲がいい訳では無い。何か用があったら話す、そんな感じのただのクラスメイトの関係。

訪れる沈黙。耳には蝉時雨が響いている。

やっぱり、無理を言ってでも友達に掃除の役割頼めばよかった。こんな沈黙俺には耐えられない。とても気まづい。

ちらりと横に座る高木を見つめてみるが、高木は俯いていてどんな表情をしているか分からない。

俺は意味がわからない汗をひたすらかき続けた。



「ねぇ、悠斗。」

「…何?」

「ゲーム、しようか。」

「は?」


先にこの沈黙を破ったのは先程まで顔を俯かせていた高木だった。
でも、高木がさっき言った言葉が上手く飲み込めない。暑さで頭がやられたのか。


「ゲーム?って何するんだよ。」


「うーん、普通じゃつまんないもんね。例えば……じゃんけんで負けた方が相手に思うことを正直に言うの。嘘はついたらダメで、照れたら負け。負けた方がコンビニでアイス買う……みたいな。」


どう?と高木は困ったように笑いながら首を傾げた。ついに頭が暑さにやられたのか、その笑顔が可愛い、と思ってしまう。

そんな思考を消し去るかのように俺は顔を振った。そんな様子に高木は驚いていたけど。俺は何も気にしない。

ああ、暑くて頭がボーッとする。


「うん…いいよ。やろうか、そのゲーム。」






「じゃあ、最初はグーっじゃんけん……」


ポンっと言われて咄嗟にだしてしまったグーの形の手。一方高木はパーの形を出していた。


「……もう一回やろう。高木、ちょっと後出ししてたかもしんないし。」


「はいはいはい。異論は認めませーん。悠斗ちゃんと負けてたんで!」


高木の言葉に頭を抱える。
負けるつもりはなかった。なかったけれど、そういえばこのプール掃除も俺がじゃんけん負けたからしているんだった。俺はつくづく運のない男らしい。


「……はぁ。」


「あからさまな溜息やめてよ〜」


そう言われても吐くことを辞められない。

ええ、相手のこと?ええ……

相手について思うことって言っても、高木とこんなに喋ったのは初めてだ。そんなに思うことは無い。だからといって、つい先程思ったことは口に出せない。口に出してしまった瞬間、俺は燃え尽きてしまう。勿論、言葉通りに。


「えっと……、友達をプールに突き落とすアホな女子?」


「え……えぇー」


目の前の高木は私驚いてますと言わんばかりに目を開けて固まっていた。でもこれは正直に思ったことだ。しょうがない。

ちらりと高木の表情を盗み見る。今もまだ「えっえー、ぇえ」と唸っている高木だが、その顔は少し悲しそうに眉を下げていた。

……そんな表情、させたかった訳じゃないんだけどな……。

ふと俺の中によぎる。俺は今暑さで頭がやられているんだ。だから先程思ったことを口にしてもいいのではないか。もしその言葉を口にしたら高木のその表情も笑顔に変わるのだろうか。





「…………あと、ほんのちょっとだけ可愛い、ん、じゃない?」


目の前の高木の表情がどんどん驚きの色に変わっている。心做しか先程よりも顔が赤くなっている気がする。

照れてる?うん。照れてる。主に俺が。


「……だめだ。キャラじゃないことするんじゃなかった。なにこれ。恥ずい。なにこれ。拷問?新たなる拷問?」


高木も顔赤いけど、多分俺の方が赤い気がする。折角、プールに入って体を冷やしたのに。今は沸騰するように体があつい。


夏でおかしくならなければ、こんなこと言えない。






先程から照れて黙っている高木をちらりと視界に入れる。入れた途端、目を逸らされたけど。そんな高木も可愛く見える。あ、これもう重症だ。


「……あははっ、嬉しい……」


視線をそらされて、またすぐに僕に向かって笑ってきた。笑顔で嬉しい嬉しいと言う高木。笑った顔は先程よりも眩しくて、今日見た中で一番可愛く見えた。


「じゃあ、ちょっと耳貸して。」


ちょいちょいと高木に手招きされて耳を傾ける。耳に高木の髪の毛が当たって少しくすぐったい。


「あのね……」


耳を傾けて、静かに聞いていた。
あのね……と発せられた言葉の続きに驚き、さらに俺の顔は赤くなる。

言い終わったあと、満足したのか高木は立ち上がって俺から離れていった。
俺の顔を見て笑う高木。誰のせいでこんな顔になっていると思っているんだ。高木のせいで、暑さにやられた頭が爆発寸前だ。


「顔赤いよ。じゃあね。」


そう笑いながら高木は去っていった。
プールサイドに残された俺はどうしようも無くて空を仰ぐ。


「夏が暑いせいだよ……」


高木が完全に去っていったのを確認して俺は俯く。こんな真っ赤な姿は誰にも見られたくないから、とりあえず顔を冷やすために俺はプールにもう一度飛び込んだ。

水の中で自分の手を耳に当て、さっき言われた言葉を思い出す。


『私は悠斗のこと、ずっとずっとかっこいいって思ってたよ。』


そう。この行動もあの言葉も。




きっと全部、夏のせい。











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