お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
 胸を押し返して離れても、すぐに再び唇を求められた。
 この人は……間違いなく、"獣"だ。
 類い稀なる美貌と、カリスマ性で、何もかもを手にしてきた……"狩る側"の人間だ。
 自分だけが乱れた呼吸音、高臣さんの鋭い瞳、そのすべてに圧倒されて、私は言葉を失っている。
 ドクンドクンと高鳴っている自分の心臓の音に、気が遠くなってしまいそうだ。
 私は今……、はじめて婚約者とキスをしている。
 まるで食べるかのように強引で、脳の奥から溶けてしまいそうな、甘いキスを。
 私は何も理解できないまま、そのキスを受け入れるほかない。
「高臣さん……っ」
 
 いまだに信じられない。
 まさか、老舗百貨店の御曹司である、三津橋高臣さんと、政略結婚することになっただなんて――。
 
 今彼は、愛のない私にこんなことをして、いったいどんな表情(カオ)をしているのだろう……。
 いつものように感情のない、冷たい瞳をしてるのだろうか。
 朦朧としはじめる意識の中、うっすらと瞼を開けると、彼は想像とはまったく違う表情をしていた。
 余裕のない熱のこもった瞳が、真っ直ぐに私だけを射貫いている。
「え……」
 唇が離れた瞬間、思わず動揺して声が漏れた。
 甘いキスに本当に脳まで溶けてしまったのか……。私はふいに、とんでもなくバカな質問を彼へ投げかける。
「これは……政略結婚なんですよね?」
「……そうだ」
 ドクンドクンと、心臓が高鳴っている。
 余計な感情はいらないと言われたはずなのに、どうして一瞬でもキスに愛を感じてしまったんだろうか。
 冷たい言葉とは裏腹な優しい触り方に、ますます勘違いしてしまいそうになる。
 私たちは完全にお互い合意の上で、愛のない政略結婚を選んだはずなのに――。
 
 〇
 
 木造建築の古い実家には、あんこの甘い匂いが沁みこんでいる。
 創業八十年を迎える和菓子屋――菓匠・高梨園(カショウ タカナシエン)は、近隣のお客さんを中心に長らく愛され続けている私の実家だ。
 場所を変えずに、ここ神楽坂でずっと変わらない味を守り続けている。
 名物はあんこがたっぷり入ったどら焼きで、平日でも午前中には売り切れてしまうほどの人気商品。
 接待で大量に買ってくれる人もいれば、おやつの楽しみにとひとつ買ってくれる人もいる。
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