お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
第二章

前途多難

▼前途多難
 
 銀座にある職場まで、まさかバスで十五分以内に出勤できるなんて、今まで満員電車にもみくちゃにされていた日々は何だったのだろう。
 いつもよりずっと早く職場に着いた私は、ロッカールームでぼうっとしながら身支度を整えている。
 ちなみに、高臣さんは私よりずっと早く起きて先に会社を出てしまったので、朝起きたら広すぎる部屋にひとりの状態だった。
「はぁ……」
 昨日のことを思い出す度に、胸がいっぱいになってしまう。
 あのあと私は、キスをされたことに取り乱しまくり、恥ずかしさを紛らわすためにシャンパンをがぶ飲みし、そのまま寝てしまったようだ。
 途中から記憶がないという失態を、まかさ一日目から犯してしまうなんて、高臣さんに幻滅されていないだろうか……。
 ロッカーに額を軽く打ち付けて、自分の脳内をなんとか現実に引き戻そうと試みてみる。
 いつまでもぼうっとしたまま昨日のことを引きずるわけにはいかない。
 あれは恋人同士のキスではなくて、あくまで夫婦らしい空気をつくるための"努力"なのだから……。
「高梨ちゃん、おはようー。様子変だけど大丈夫?」
 ひたすらロッカーに向かって自分に言い聞かせていると、うしろからひとつ先輩の岡田(オカダ)さんに話しかけられた。
 ショートカットがよく似合う彼女はいつも明るくて、一番話しやすい存在だ。
 彼女の顔を見た途端、一気に日常に戻れた気がして、私は少しホッとしてしまう。
「大丈夫です。ちょっと二日酔いで……」
「高梨ちゃんがそんなに飲むなんて珍しいね。ま、私も今日は寝不足でめっちゃ眠いんだけどさ……」
「昨日ライブの遠征だったんですっけ? よく日帰りで出社できる体力ありますよね……。いつも尊敬します」
「推しのためなら労働するしかないよね」
 岡田さんは幼いころからアイドル好きで、大好きなアイドルグループがライブをするたびに遠征している。昨日は名古屋まで足を運んだらしい。
 イケメンを見ることが何よりもエネルギーになる、という言葉が彼女の口癖で、その言葉通り、彼女はいつもエネルギッシュで仕事も早い。
「あーあ、この職場にも推しのイケメンがいれば、もっと出社が楽しくなるんだけどな」
「推しのイケメンですかあ……」
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