お見合い政略結婚~極上旦那様は昂る独占欲を抑えられない~
最終章

愛の決意

▼愛の決意
 
「ただいま帰りました……」
 神楽坂からマンションへ戻ったのは、夜の二十三時のことだった。
 高臣さんは今日は二十一時には仕事が終わっていたらしく、私よりも先に帰宅している。
 しかし、部屋は薄暗く、物音ひとつしない。
 こうも広い部屋が静かだと、未だに足を踏み入れることに緊張してしまう。
 ゆっくりリビングルームへ向かうと、高臣さんの頭がちらっと見えた。
「あ……」
 近づくと、高臣さんがソファーで無防備な寝顔を晒している。
 思わず微笑ましくなった私は、ふふっと小さく笑みを零した。
 高臣さんの側に膝立ちし、寝顔をのぞきこんでみる。三十代の男性とは思えないほどきれいな肌と、少しだけ乱れた黒髪、思わずなぞってみたくなるほどスッとまっすぐに通った鼻筋……。
 美術品を間近で見ているかのような気持ちだ。
 彼が私の夫になるだなんて、私も未だに信じがたい。
 井山さんをはじめ、職場の皆が納得できないのも分かる。
「ほんとに私でいいんでしょうか…」
 彼が寝ているのをいいことに、思わずこぼれた一言。
 ……井山さんのお家も高臣さんに救われたと言っていたけれど、いったいなんの家業だったんだろう。
 実家が自営業であることの大変さを、私も少なからずは分かっているつもりだ。
 もしかしたら、井山さんも自分の大切なお店と伝統を守るために必死だったのかもしれない。
 それを助けてくれた高臣さんは、まさにヒーロー的な存在だっただろう。
 境遇は、まさに私と一緒だ。
 順番が違ったら、高臣さんと井山さんが結婚している運命もあったのかもしれない。
 そんなことをうじうじ考えていると、なんだか胸の中がムカムカしてきた。
「……いや、違う」
 井山さんの気持ちも多少は分かるとしても、あの態度や誇張した噂を流すことはおかしい。
 そして、彼女の言葉でこんなにも自信を失くして不安定になっている自分も相当面倒くさい。
 完全に八つ当たりだけど、何も知らずに美しい寝顔を見せている高臣さんにも、なんだかじわじわと腹が立ってきた。
 だいたい、従妹の子といい、井山さんといい、社員の女性といい、この人は一体今までに何人もの人間の心をかき乱してきたんだろう。
 そうして私も、見事にその乱されている側のひとりだ。
「いいですね、何も知らず彫刻みたいな寝顔でスヤスヤと……」
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