極上社長からの甘い溺愛は中毒性がありました
★★★
「…………さっきの彼女だ…………」
気づくと椿生(つばき)の口からそんな声がもれてしまっていた。しかし、周りの人達は、その声に気づきもせずにステージに見入っている。
高らかに歌い上げる彼女の姿は、とても美しく、絵画に出てくる女神のようだった。こんな事は恥ずかしくて口には出せないが、周りの人々もうっとりとした表情で、神秘的なステージを見つめ足を止めていた。
先ほどぶつかってしまい手当てした女性が目の前に居る。彼女が手話をしたのを見て驚いた時。彼女はとても悲しい顔をした。きっと、何度も同じような事があったのだろう。うろ覚えだった拙い手話で返事をするの、彼女の表情が輝いた。
ドキッとしたと同時に、よかったと思った。
彼女を悲しませなくてすんだ、と。
弱々しく頭を下げて、椿生を見送ってくれた彼女を、どこか「可愛そう」という気持ちで見てしまっていたのかもしれない。
けれど、彼女はそんな逆境に立ち向かって、人を夢中にさせる歌を歌い上げている。そんな姿を見て、先ほどの自分の感情が恥ずかしくなった。
そして、彼女がかっこいいな、と思った。
「ねぇ……あれってhotoRiだよね?」
「たぶんね!すごーい!レアじゃん。写真とか動画撮っとく?」
「このミニコンサート撮影禁止だよ。スタッフがすごい見てるからやめといた方がいいよ。hotoRiは顔出ししてないからね」
「そうなんだー」
近くを通りかかった若い女性の会話が耳に入った。
椿生は知らなかったが、目の前の彼女は有名なアーティストだったようだ。
「hotoRiか…………」
透き通る歌声と、楽しそうに歌う彼女の表情を見つめながら、椿生はその名前を頭に入れた。
いや、忘れるはずがないだろう。
今日という出会いと、その歌声と名前を。