クールな社長の不埒な娶とり宣言~夫婦の契りを交わしたい~
「まさかふたりがまた付き合っているなんて、私知らなかったから、手紙を見て驚いたわ」
 美咲がそう言うと、雪野はフッと微笑んだ。

「ええ、本当に、」
 鑑定書の日付は梅雨頃だった。

 宗一郎が藤村の子であることは間違いないはずだ。石塚の子である可能性が完全に否定できるわけではないが、ずっとそう信じていた。
 でもそうなると、ふたりは父親が同じ兄妹ということになる。
 となると、あの鑑定書が意味することは何なのだろう?

 宗一郎が藤村の子ではないのか?
 それとも彼女の娘が藤村の子ではないのか。

 ふと美咲は、雪野の髪飾りに目を留めた。

 ――真珠……。

 あれは遠い昔。
 春先の少し暑くなってきたころだった。
 石塚に会いに向かった時、すれ違ったタクシーに美咲が乗っているのを見かけた。

 彼女はひとりで乗っていた。
 すれ違いざまに目が合って軽く会釈を交わしたのだから見間違いというわけでもない。

 石塚が住んでいたのは都内でも下町の、辺りが古ぼけて見える街。
『藤乃屋』の客が住んでいるとも思えないし、彼女のような上流階級の奥さまが出入りするような地域ではない。

 どうしてこんなところに?



 なんとなく嫌な予感がして、足早に石塚の部屋に行ったけれど、彼はいなかった。
 窓は開け話したままだったが、それはその日に限ったわけじゃない。彼の部屋はマンションの五階だったこともあり、そのせいか窓を閉め忘れいることも多かった。

 だから気のせいかと思った。

 人が来ていた様子も多分、なかったはず。確認しようにも、あの頃はスマートホンなんてなくて、たしか携帯電話も一般的なものではなかった時代だ。

 夜、帰ってきた彼に聞くと朝から大学にいたと言っていたので、それを信じた。
『また窓が開いていたわよ』
『ああ、僕はまた閉め忘れてしまったんだね』

 真珠がついたピンを見つけたのは、彼が亡くなって彼の家族と一緒に部屋を整理した時だった。
 ピンの先に真珠が一粒だけついた髪飾り。和装にはとても似合いそうな――。
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