冬の花
私が空を見上げていると、
屋上の扉が開いた。

もう時間だと、看護師さんが私を迎えに来たのかと思ったが、
そこに見えたのは鳴海千歳の姿。

「君がここに居ると聞いて」

あの舞台挨拶以来、鳴海千歳には会っていなかった。

「会いに来るのが遅いですよ」

私のその言葉に、少し笑って、遅くなってごめん、と口にした。

「思ったより、落ち着いているね?」

「そうですね」

あの事件後、何度も取り乱し泣き叫ぶ事も有った。

散々泣いて、泣ききったのだと思う。

鳴海千歳は、ゆっくりと私の方へと歩いて来ると、
私の目の前に立った。

「見過ごせない程頬が腫れてますけど、どうしました?」

鳴海千歳の左頬が腫れていて、
経験者の私には分かるが、それは誰かに殴られたのだろう。

鳴海千歳は苦笑しながら、頬を押さえている。

「これね。
彼女に、ちょっと」

彼女…。

一瞬、彼女とは、そのままの意味に受け取ったけど、
それが誰の事か思いあたった。

鳴海千歳の元彼女の、桑田つぐみ。

あの人も、舞台挨拶の時あの場所に居たな。

「君がこうやって世間から隔離されて、どこまで知っているのかは分からないけど。
順に説明すると、あの舞台挨拶の事件があって、あの映画、《最後の涙》は一時的に公開中止になったんだ」

そうなんだ…。

ま、それはそうかもしれない。

「来月辺り、また改めて公開予定だったんだけど。
先日、俺が自身のSNSで、デビュー作が桑田つぐみの作品を盗作したものだと発表したんだ」

「えっ?」

鳴海千歳にとってそれは、世間に知られたくない事。

それを自分から…。

< 157 / 170 >

この作品をシェア

pagetop