眠れない夜をかぞえて
「どうです? 何かピカッと光る人材はいました?」

打ち合わせに来ていた、スタイリストが聞く。

「うーん、この子はいい感じだな」

一ノ瀬さんから回って来た履歴書を見ている。

一ノ瀬さんは、手に持っていた履歴書を向かいに座っていたスタイリストに見せた。

フリーで仕事をしているスタイリストで、シャインプロのタレント専属になっている。撮影用の服を持ち込んで最終の組み合わせをしていた。

スタイリストがタイアップしてきた洋服は、破格の値段で買い取ることが出来る。滅多にないことだけど、気に入った洋服があると、つい買取をしてしまう。

「ああ、いい感じですね。でもちょっと太い」

スタイリストの横に座る私にそのまま履歴書を渡す。

「ああ、雰囲気のある子ですね。でもいつも思いますけど、これで太いなんて言ったらモデルも大変ですよ?」

「モデルの世界は体形が命。どんな服でも着こなせるだけの身体を作らなくてはいけない。その身体で着た服がいかに活かされるかが、モデルの仕事でもあるしね。モデルは自分を売るんじゃなく、服を輝かせないとだめだ」

モデルをしていたという一ノ瀬さんならではの言葉だ。とても重い。

数人の事務所スタッフは、かわいそう、いやだ、と言った顔をした。

自分たちがもぐもぐ食べている物も、きっとモデルには摂生しなければならないものなのだろう。

「私もどうしよう」

自分の身体をふと見た。どこにでもいる日本人体形で中肉中背だ。

だが、鍛えていない身体は、筋肉のないふやけた肉体なのだ。それに、モデルを見ると太く感じてしまうのは仕方がないだろう。

「桜庭はそれでいい」

「え?」

一ノ瀬さんに言われても恥ずかしいだけだ。顔が赤くなってしまう。

「お、一ノ瀬さん、意味深発言ですねぇ」

さらにそんなことを言う人がいれば、私は顔をあげられなくなる。

意識のし過ぎだ。キザなセリフを言った本人は、涼しい顔で差し入れをパクついている。突き放すのはやめて欲しい。

「みんな、からかわないでくださいよ。この一口一口が私の身体を左右しているんですから」

でも、一ノ瀬さんの発言は、少なからず私を喜ばせた。

恥ずかしいけど、そんなことを言われれば誰でも嬉しいはずだ。

「女子は大変だなあ」

「大変なんです」

仕事の話から雑談まで差し入れを前にして、話は盛り上がった。

お開きと言うことで、事務所に置いておけそうな菓子などは棚にしまい、生鮮食品は持ち帰りとなった。

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