俺様アイドルが私の家に居座っている。


「……は?」
「だから、この家出てってって言ってるの」
「嫌だろ」

怜の帰宅と同時の一世一代の大抗議は、いともたやすく一蹴された。

「邪魔」と門番の私は難なく突破される。


「なんでよ! ここに住んでたら怜が危ないでしょ!」
「お前、さっきから何の話してんだ。
オレ様が危ない? 命を狙われる覚えはねーけどな」
「命は狙われなくてもスクープは狙われるんじゃないの?」


昼間に若葉から聞いた話をすると、怜は鼻を鳴らして言った。


「お前がなんでそんなこと知ってるか知らねーけど、デマもいいところだから記事にはならずに済んだんだよ」


アキだって今恋愛とかしてる暇ないだろうし、と付け加えて。

秋、と茶川さんの名前を呼ぶ彼からは、信頼が見て取れる。
だからこそなのだ。

「……いや! だから! 自分も茶川さん見習いなよ!」
「は? 都合のいい家にいてなにが悪いんだよ」


私の心配を煩わしいと言いたげな表情で、そう吐き捨てる。

世界が止まった気がした。

止まったのは私の呼吸だったかもしれない。
とにかく、我に返ったときには怜を思いっきり殴っていた。

グーで。彼の商売道具の顔を思いっきり。


「ってえな! なにすんだよ!」


さすがに私を殴り返すことはなかったが、当たり前に怒られた。

それでも私はあまりに混乱していて。
全身が熱いし、握りしめたこぶしは震えている。おまけに掌に爪が食い込んで痛い。


「あんたにっ……あんたにとって都合がいいのは、私が都合悪いことは全部やってるからでしょ! 出ていきなさいよ!」
「お、おい、なんで泣いて」
「うるさい! 出てって! 二度と会いたくない!」


悲しくなんてないはずなのに、ボロボロと涙が零れ落ちる。
怜をドアの外に追い出した。どんな顔をしていたかはわからない。見たくなかった。

勝手に都合よくしておいて、「都合がいい」と言われたら怒るのは、さぞかし理不尽かもしれない。

それでも私はどこかで、君にとっての特別になれることを期待していた。

わかっていても、この涙の原因を認めたくはない。


その日は一晩中泣いた。
二人分作ったご飯は翌日一人で食べた。

怜も戻ってくることはなかった。
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