ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 昼食後、小田島さんと別れてコンビニに寄って、小田島さんと自分のコーヒーを買った。
 エレベーターに向かってロビーを歩いていたら、呼び止められた。
「須藤君、あの」
 振り返ると、同期で総務の原田さんがいた。
 その少し後ろに、同じ総務の人が2人いて、こっちを見ながらニヤニヤしている。
「今週末、同期で集まろうかなって思うんだけど、予定あるかな。もし良かったら、来ない?」

 ちょっともじもじしながら、顔を赤らめて。
 女らしく服も髪もメイクもバッチリだ。
 可愛いと思う男もいるんだろうけど。

「今週末は予定あるから」
 俺は努めて平静に、普通に話すように心がける。
「あ……そうなんだ……」
「同期会なら、中村さんと井上君にも伝えておくけど」
「あ、そ、それは、直接言うから、大丈夫」
「そう。じゃあ」
 エレベーターに向かおうとすると、まだ原田さんが引き止める。
「あ、あの、須藤君」
 振り向くと、まだ原田さんはもじもじしている。
「もし良かったら、今日、仕事が終わったら食事でも、どう?イタリアン、好きかな」

 チラチラと俺の顔を見る。
 上目遣い。
 確かに、こういうのが好きな人にとっては可愛いんだろうな。

「悪いけど、残業だから」
 ちょっとイラついたけど、辛うじて普通に言ったと思う。
 こういう時は、逃げるのが一番だ。
 ロビーを見たら、通りがかった井上君と目が合った。
「じゃあ」
 サッと井上君に駆け寄る。
 原田さんはまだ呼び止めようとしていたみたいだけど、聞こえないフリをした。
「いいの?あれ」
 井上君がチラチラ振り返りながら聞いてくる。
「いい。面倒くさい」
「モテるねえ、須藤君」
 井上君はニヤニヤしている。
「今週末、同期会やるって誰かから聞いたりした?」
 俺がそう聞くと、井上君はきょとんとした。
「いや、聞いてないけど」
「……やっぱり」
「もしかして、また『同期会』?」

 原田さんから『同期会』と言って誘われたのは、2回目だ。
 1回目は残業と重なって、当日キャンセルをしようと中村さんに聞いたら『同期会なんて聞いてない』と言われた。試しに井上君にも聞いたら、やっぱり知らないという答えが帰ってきた。
 原田さんに直接連絡をすると「同期会っていうほど大げさじゃなくて、何人かで集まってるだけだよ」と言う。
 特に問い詰めたりはせずにキャンセルだけしたのだが、後から中村さんが集めてくれた情報(ただ単に女子トイレで聞こえてきた話らしいが)によると3人くらいだけの飲み会だったらしい。
 そして、俺がもし行っていたら、原田さんと2人にさせられる予定だったんだそうだ。

 俺は、深いため息をついた。
「大変だねえ。うらやましいよ」
「その言葉が本当なら、譲るから」
「遠慮しとく」

 井上君は、彼女達のような女らしい子も守備範囲だそうだが、今は好きな人がいるから、と避けている。

 俺もできれば避けたいけど、小田島さんや先輩達に「総務には嫌われると厄介だから、穏便に」と言われるので、素っ気無い対応くらいに留めているのだ。

 女同士固まってニヤニヤヒソヒソされるのも、もじもじしながらの上目遣いも、正直勘弁してほしい。




 席に戻って、小田島さんにコーヒーを渡す。
「来ただろ、キラキラ女子」
「……なんで知ってるんですか」
「ロビーで聞かれた。須藤君と一緒でしたよねって」
 先に行った、とか言ってほしかった。
「で?飲みにでも誘われたか?」
「断りました」
「なんだよ、もったいない」
「本気で言ってるなら譲りますよ」
「遠慮しとく〜」
 俺は深いため息をつきながら席に座った。

「凄いため息」

 隣から、ソフトな声が聞こえてきた。
「なんかあったの?」
 本田さんが、にこにこしている。

 シンプルな服。白いブラウスに黒いパンツ。深い緑色のカーディガンが印象的だ。
 メイクは薄め。髪はふわふわのちょっと癖っ毛が肩まで。
 まっすぐにこっちを見て、自然な笑顔。

 俺は、なんとなく安心した。
「いえ、大丈夫です」
 最悪だった気分が、少し上昇する。
「もしあれだったら、残業代わろうか?」
「え?」
 いきなり何を言い出すんだろう。
「いや、残業は大丈夫ですけど」
「そう?」
 本田さんの向こうから、中村さんが顔を出した。
「さっき総務の原田さんがね『システム課って、新人なのに残業するの?そんなにやることあるの?』って聞いてきたの。最初はいったい何が言いたいのかさっぱりわかんなかったんだけど、要は須藤君と食事に行きたいのに断られたってことだったみたいでさ」
「だから、仕事なら代わるから、行っていいよ。今言えば、まだ間に合うでしょ?」
 無邪気な笑顔で、本田さんが言う。
 俺は、もう一度ため息をついた。
「いや、いいんです。仕事したいんで」
「遠慮しなくてもいいんだよ。まだ担当ないし、代われるのも今のうちだけだよ」
「遠慮してません。食事に行きたい訳じゃないですから」
「そうお?……ならいいんだけど」
 本田さんは、なんとなく納得いかない顔で仕事を始めた。
 俺はもう一度ため息をついて、パソコンに向く。

 せっかく上昇した気分が、落ちてしまった。
 ほんと、勘弁してほしい。

 その日は、全く調子が出なくて、初めて最後の1人になるまで働いたのだった。




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