ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
スマホの振動で目が覚めた。
メッセージがきている。はるちゃんから。
時刻は昼過ぎ。
ーーー今日、早く終われそうだから、帰りに寄るよ。
ーーーほしいものあったら連絡して。
字は目に入ってくるけど、頭には入ってこない。
熱を測ると39度2分。
高いな、とは思うけど、私にとってはまあまあ見る数字。
テーブルに置いておいたスポーツドリンクを飲む。
はるちゃんに返事をしないとなあ、と思いながら、眠ってしまった。
薬のせいか眠れるけど、体は楽にならない。
何度か意識は浮上して、でもすぐに沈んでいく。
目が覚めて、トイレに行って、スポーツドリンクを飲むのがやっと。すぐに眠気が襲ってくる。
何度か繰り返して、外が暗くなってきた頃、またスマホが震えた。
ーーー今会社出たけど、大丈夫?
はるちゃんだった。
返事をしなきゃと思うけど、体はすぐに動かない。
ーーーほしい物あったら言って。とりあえず向かうから。
とにかく既読にする。
返事をしなきゃ、更に心配かけてしまう。
ーーーうん
これが精一杯だった。
はるちゃんが来るまでに、顔を洗いたい。髪も爆発してるから、もうちょっとまともにしたい。
私は、のろのろと動き出した。
顔を洗い、髪をまとめて、なんとかはるちゃんに会えるかと思った頃に、メッセージがきた。
ーーー駅に着いた。このまま向かう。
ーーーわかった
横になると起きられないので、ベッドに座って待つ。
はるちゃんはすぐに来た。
ピンポンが鳴ったので、マンションの自動ドアを開錠する。
玄関に向かうけど、半分くらいのところでピンポンが鳴ってしまった。
焦るけど体は動かない。
すぐそこなのに、届かない。
もう一度ピンポンが鳴る。
駄目だ、泣きそう。
手を伸ばして、なんとか鍵を開ける。
途端に、ドアが開いた。
「千波さんっ、大丈夫⁈」
心配顔のはるちゃんが飛び込んでくる。
その勢いに押されて、後ろに倒れそうになった私を、はるちゃんが支えてくれた。
「熱い……」
一瞬抱きしめて、はるちゃんが呟いた。
「ごめん、無理して出て来させて」
支えながらベッドに連れて行ってくれる。
私が横になる前に、シーツを取り替えて、一番大きなバスタオルを敷いてくれた。
「汗かいたらこれ替えればいいから。着替えはした?」
ふるふると首を横に振ると、ベッドの下の引き出しからパジャマと下着一式を出してくれた。
「体拭くよ」
お湯で絞ったタオルまで出てきた。至れり尽くせりだ。
されるがままぼーっとしていた。
はるちゃんは、私に新しいパジャマを着せてベッドに寝かせて、シーツやらなにやらを持っていった。
ガタゴト音がして、洗濯機が回るのが聞こえる。
レジ袋の音と一緒に、はるちゃんが戻ってきた。
「これ、冷蔵庫入れとくよ。いろいろ買ってきたから」
頷くのが精一杯だった。
冷蔵庫に物を入れて、はるちゃんは私の枕元に座る。
「熱測って」
体温計を棚から取って、私に渡す。
熱が高いのはわかりきってるから、測りたくない。
でもはるちゃんが怖い顔をするので、渋々体温計を脇に挟んだ。。
ピピッと鳴った体温計を見る。予想通り、熱は高い。
はるちゃんに見せたくなくて、すぐに電源を切った。
「何度?」
「えーっと、38度」
はるちゃんはにっこり笑って手を出す。体温計をよこせと言っているらしい。
私が動かないでいると、はるちゃんが体温計を取り上げた。
ピッと電源を入れる。この体温計は、直前に測った体温を表示する機能がついている。
その表示を見たはるちゃんが、目を丸くした。
「40.2……なにこれ」
ここ1年くらいは40度越えはなかったんだけどな。
ぼんやりそう思っていると、はるちゃんが洗面所からタオルを持ってきた。
その後、冷蔵庫を開けてなにかを出す。いや、あれは冷凍庫かな?
「とりあえずこれ」
頭の下に入れた物は、ヒヤッとした。
「この前、冷凍庫に入ってるの見たから」
冷却枕だった。冷たいのが気持ちいい。
「病院行こう。この時間だと夜間診療かな……」
はるちゃんはそう言ってスマホで調べ始める。
「え、いいよ。薬あるし」
「40度だよ?救急車呼んだっていいくらいでしょ」
「40度は今までも出したことあるから、大丈夫だよ」
はるちゃんは納得いかない顔で、スマホで高熱が出た時のことを調べ始めた。
私の症状と状態なら、薬を飲んで様子見でいいことがわかったらしい。
それなら、と私の世話を始めた。
「夕飯食べてないよね。食べられる?」
食欲は全くない。首を横に振ると、はるちゃんは冷蔵庫からゼリーを持ってきた。
「これは?」
私は頷く。それならまだいいかも。
「起きられる?」
少し頭をあげると、はるちゃんが背中を支えて起こしてくれた。
ゼリーを半分食べて、テーブルに置いてあった薬の袋を取ってもらう。
熱冷ましの頓服薬を飲んで、横になる。
残したゼリーと薬の空を片付けてくれたはるちゃんは、枕元に座って、頭をなでてくれる。
凄く心配そうな表情。
私を見てるんだけど、私は熱のせいか、なんだか人ごとだ。
「はるちゃん……風邪移っちゃうから、もう帰って」
私がそう言うと、凄く悲しそうな表情になった。
「だって40度もあるのに。心配で帰れないよ」
「うん……でも」
「もうちょっといさせて。千波さんは眠っていいから」
私は頷く。
でも眠れない。
いつもなら、はるちゃんが側にいるとすぐに眠たくなるのに、今日は気分が逆立っている。
「もう寒気しないし、関節も痛くない。あとは熱が下がるだけだから。薬飲んだし、もう大丈夫だよ」
どうしてだろう。一緒にいてほしいのに。
一緒にいたいのに。
「ほんと、風邪移っちゃうから、ね」
はるちゃんは、悲しそうな表情で、私を抱きしめた。
「なんかあったら、すぐ連絡するって約束して」
「わかった。約束する」
はるちゃんは、渋々帰る支度をした。
「じゃあ……帰るよ」
鍵をかけるために、玄関まで行く。
靴をはいたはるちゃんは、振り返って私の頭をなでた。
「汗かいたら着替えるんだよ。スマホと飲み物は枕元に置いて、それから」
「わかった。わかったから。大丈夫だから」
放っておくと、まだまだ続きそうなはるちゃんの心配を途中で遮る。お母さんと話してるみたい。
「……じゃあ」
ちょっと口をとがらせて、はるちゃんはドアを閉めた。
いつもの通りカギを閉めると、足音が遠くなっていった。
脱力しそうになって、力を振り絞る。
とにかく、ベッドまで行こう。
枕元には、はるちゃんが置いたペットボトルとスマホがあった。
はるちゃんの心配そうな顔を思い出しながら、横になる。
あれは、心配性なんだな、きっと。
私が頼りないとか子どもっぽいとかじゃなく、はるちゃんが心配したいんだ。そして世話をやきたいんだ。
帰ってって言われた時の様子が、しゅんとしたケンさんに似てて可愛かった。
思い出すと笑ってしまう。
熱で辛いけど、おかげで気持ちはちょっと軽くなった。
でも、あの逆立った気分は一体なんだったんだろう。
考えていたら、思い出した。
前に付き合っていた人のこと。
彼は、私が熱を出した時に、今回のはるちゃんと同じように心配して、家に来た。
はるちゃんと同じように世話をしてくれて。
そして、帰らなかった。
私は、彼がいると眠るどころか気が休まらなかったから、何度か帰ってとお願いしたのだけど、はるちゃんと同じように「心配だから帰れない」と言っていた。
そして、私は熱が下がらず、次の日に仕方なく恭子を呼んで、彼にはやっと帰ってもらったのだった。
彼は『恋人の看病をする自分』がやりたいだけだったんだと思う。
私に食欲があるかどうかも聞かずにおかゆを用意して、食べないと怒り出した。
無理して食べて戻してしまうと、せっかく用意したのに、とまた怒り出す。
熱もあるのに、彼の機嫌を取るのは本当にしんどかった。
あの逆立った気分は、その時の気持ちに似ている。
熱があって、体がしんどいのに、人に気を遣わなきゃいけない、その苛立ち。
……私、自分勝手なんだな。
はるちゃんは、彼とは違って、私の心配をしてくれてた。
自分が心配したいからだけじゃない。私が楽になれるように、いろいろ考えてくれた。
わかってるのに、苛立つ自分にも苛立つ。
熱があるから、苛立つんだ。余裕がないから。
とにかく熱を下げよう。
眠らないと。
眠る直前、はるちゃんに言い忘れた「ありがとう」をメッセージで送った。