ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
7. 10月

隆春



 10月も半ばに差し掛かった頃。
 俺は仕事を1つ任された。
 小田島さんの担当の一部分だったけど、指示を受けてやる仕事じゃない。自分で一から考える仕事だ。
 最終的には小田島さんのチェックを受けるので、なにかあればそこで対応できる。好きなようにやってみろ、と小田島さんには言われた。

 悩みながら、考えながら、進めていた。



「おはよう須藤君、今日も残業なの?」
 朝、エレベーターを待っている時に、斜め後ろから聞こえた。
 振り向いて見ると、原田さんがいる。
「おはよう」
 俺が挨拶を返すと、原田さんは隣に立った。
「多分、遅くなると思うけど」
「そう……最近毎日忙しいんだね」
 原田さんは、沈んだ声を出す。
「しばらく続くと思う」
「そうなんだ……頑張ってね」
「うん……どうも……」
 原田さんは総務のある下フロアで降りて行った。

 そんな暗い感じで言われてもな……。

 原田さんは『同期会』を3回ほど断り続けたら、さすがに誘ってこなくなった。
 話しかけられることもないなと思っていたら、中村さんが、原田さんに彼氏ができたらしい、という女子トイレ情報を持ってきた。
 俺は心底ホッとした。

 ところが、夏も終わりかけの頃、どうやら原田さんが彼氏と別れたらしい、という中村さんの女子トイレ情報が入った。その後、俺はまた原田さんに話しかけられたり、誘われたりするようになってしまった。
 食事や飲みの誘いは断り続けているので、最近はさっきみたいに話しかけられるだけになった。
 でも、俺は原田さんの期待するような返答はできないし、そうすると原田さんは沈んだ感じになって、最後は暗く去って行く。
 もうため息しか出てこなかった。



「おはよう須藤君」
 席につくと、本田さんがご機嫌で挨拶してくれる。
「見て見て〜今朝母が送ってくれたの」
 本田さんが出したスマホには、ふてくされたようなケンさんのそっぽを向いた顔が写っていた。
「可愛いでしょ〜」
「あ、ほんとだ」
 そのあなたの笑顔が可愛いです。
「なんかあったんですか?これ」
「母がね、ちょっと意地悪して、おもちゃを取ったんだって。そしたらこの顔で、おもちゃを返したら」
 スマホをスワイプして、次の写真を出す。
 そこには楽しそうにおもちゃをくわえるケンさんがいた。
「こうなったって」
 確かに可愛い。ケンさんが。
 俺は笑った。本田さんも、笑う。本田さんも可愛い。
「おはようございます、千波先輩」
 中村さんが俺の後ろに現れた。
「あっ、ケンさんの新作ですね」
「おはよう美里ちゃん。見て見て〜」
 2人はキャッキャッとはしゃいでいる。
 明るい。

 もちろん、この2人だって落ち込んだり機嫌が悪い時もある。
 比べてはいけないとも思うけど、話す度に暗い顔をされるよりは、明るくしている方がいい。
 無表情と言われる俺の顔も原因か、と思うと、だったら他の男にいけばいいのに、と思う。

「キラキラ女子は、今日合コンらしいよ」
 休憩スペースでコーヒーを買っていたら、後ろから女性にしては低めの声がした。
 中村さんは、俺の後にカフェオレを買う。
「昼休みに女子トイレで騒いでた」
「ふーん……」
「振り向いてくれない無表情なヤツより、好きになってくれる人を見つけなよ、だってさ」
「……なにそれ」
「キラキラ女子の友達が言ってた。どうもあの子は合コンには乗り気じゃないみたいよ。無表情なヤツが諦めきれないみたい」
 中村さんは、カフェオレをもう一つ買った。
 一つは本田さんのだろう。
「無表情なヤツは好きな人の前では全然無表情じゃないのにね。キラキラ女子も可哀想に」
 自販機の取り出し口からカフェオレを一つずつ取り出す。
「乗り気じゃない合コンとかに行って、下手に刺激されると、なにか動きがあるかもしれないから、一応報告しとく」
「……わかった」
「そのだだ漏れな好意、もうちょっと他にも振りまいたら?」
「は?」
「あんなにだだ漏れにしてると、そのうち周りにバレバレになって、変な噂が広まるから。もう少し周りにも愛想振りまいておけばごまかせるでしょ。今なら、気付いてるのは私と小田島さんだけだから」
「……俺、そんなに無表情?」
「千波先輩以外にはね」
 自覚ないのかよ、と中村さんは舌打ちする。相変わらず俺は敵認定だ。
「参考にする」
「よろしくね。千波先輩を巻き込まないでよ」
 そう言って、中村さんは去ろうとした。
「あ、そうそう」
 思い出したように振り向く。
 ニヤッと、悪い顔だった。
「千波先輩は、まっっったく気付いてないから。ご愁傷様」
 チーン、と鐘の音が聞こえた気がした。
「中村さん、うるさい」
 ふふん、と笑って去って行く。

 わかってる。俺は対象外だ。そんなことわかってる。
 本田さんと距離が近付く度に思い知らされるんだ。俺は、ただの職場の後輩。他にはなんの要素もない。男としても見てもらえていない。
 でも、今焦って告白したとしても、本気にされないか、笑って振られるのがオチだ。それもわかってる。

 だったら。

 まず目の前にある仕事をきちんとやろう。
 これができてステップアップしたら、少しは視界の中に入れるかもしれない。
 逆に、これができなかったら、ただの後輩止まりだ。
 そうだ。まずは『ただの後輩』から脱却して、『できる後輩』『頼りになる後輩』になろう。

 任された仕事は、小さな直しがあったものの、小田島さんからOKが出た。顧客からも評判が良かった。
 じゃあ次は、と仕事は増えていった。
 俺はとにかく頑張った。
 自分に自信を持ちたかった。

 中村さんも、俺のすぐ後に一件仕事を任されて、うまくいったらしい。
 本田さんは自分のことのように喜んでいて、その笑顔は眩しかった。



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