ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜


 部屋に戻ると、本田さんは席に1人だった。
「本田さん」
 横の通路に座る。本田さんは、ちょっと驚いたように振り向いた。
「あれ須藤君、どうしたの?」
「さっき、水、ありがとうございました」
「え?」
 きょとんとしている。
「村田さんが、本田さんが頼んでくれたって言ってましたけど……」
「ああ、村田さんちょっと酔っ払ってたから。あの人、油断すると潰れちゃうから面倒なんだよねー」
 飾らない笑顔だった。
 本田さんの声は、やっぱり聞き心地がいい。
「わざわざありがとね」
「いえ」
 立って、席に戻ろうとすると、西谷さんがジョッキを持って来た。
「これ須藤君の。井上君とトレードだって。村田さんが」
 ちょうど戻ってきた井上君が、西谷さんに連れて行かれる。
「須藤君、かんぱーい」
 本田さんがジョッキを持ち上げる。俺も慌てて本田さんの向かいに座って、それに倣った。
 本田さんはジョッキを合わせた後、グイッとビールを飲んだ。
「どう?仕事。まだ1週間だけど。やっていけそう?」
「なんとか大丈夫そうです」
「なら良かった。なんかあったらすぐ言ってね」
「はい、ありがとうございます」
 本田さんの顔色は変わっていない。でも結構な量を飲んでいると思う。
「本田さん、酒強いんですか?」
「うん、よく言われる」
「あんまり見えないですね」
「それも、よく言われる。しゃべり方がこんなんだから、誤解されやすいんだよね」
 確かに、と思った。

 本田さんの声は、高めでソフト。基本的に話し方はゆっくりだ。
 美人というよりは可愛い顔立ち。
 ちょっとクセのあるふわふわの髪は肩に着かないくらいの長さ。ダークブラウンに近い色だけど、地毛だそうだ。
 服装は落ち着いた感じにまとまっていて、浮ついていない。
 大人しい、いいお嬢さんに見える。
 男を立てる、良妻賢母。
 こういうタイプが好きな男は必ずいる。
 が、しかし。

「仕事だと、初対面の人には信用してもらえないし、いいことないんだよ」

 本田さんは、仕事が大好きだ。
 それに、芯がしっかりとあって、自分を持っている。
 1週間隣の席にいてそれがわかるくらいだから、相当なんだと思う。
 決して、結婚して大人しく家庭に入る人ではないと思う。

「話し方変えようと思った時期もあったんだけど、それだけで疲れちゃって仕事にならなくてさ。そしたら、お客様で、母親と同世代くらいの女性に言われたの。『あなた黙ってたら駄目よ。しゃべった方がいいわよ』って。しゃべり出すと、印象がまるで変わるんだって」
 うんうん、と頷いてしまう。

 その通り、本田さんの印象は話すとガラッと変わる。
 言っちゃ悪いけど、話す前は『女の子だし若そうだし、頼りなさそうだけど大丈夫?』と思われるはずだ。
 それが、一旦仕事の話を始めると『意外とできるのかもしれない』に変わり、終わる頃には『また是非本田さんにお願いしたい』となるらしい。
 ただ、世の中には最初に拒否反応を示すとどうやっても覆せない人もいるので、そういうところからは『担当を変えてくれ』と言われてしまうのだそうだ。
 と、小田島さんが教えてくれた。

「だからね、人見知りは封印して、頑張ってしゃべってるんだよ。お客様相手にはね」
「……大変ですよね」
 としか言いようがない。

 実際、本田さんは優秀なんだと思う。
 中村さんへの教え方を聞いているとわかる。
 厳しくて優しい。何よりわかりやすい。隣で聞きかじっているだけでも、学ぶところはたくさんある。
 そして、自分の仕事にかかると、集中力が半端ない。話しかけても、時々聞こえていない時がある。
 その時の横顔は、ピリッとしていて、凄く綺麗に見えた。

「あっやだ、私が須藤君の話を聞くんだったのに。ごめんね、愚痴聞かせちゃった」
 照れながら笑う。
 俺も、つられて笑顔になった。
「いえ、大丈夫です」
「そうだ、この席、食べ物がないんだよね。さっき西谷君に持って行かせちゃったから」
 ああそうか。あの大皿料理は、本田さんが。
「大丈夫です。もうお腹いっぱいですから」
「そう?遠慮しないでね」
「はい」
 そこに、中村さんが戻ってきた。
「ちょっと須藤君、千波先輩を独り占めしないでよ〜。千波先輩は私のなんだから〜」
 酔っているのか、本田さんの横にぺたっと貼り付く。
 この1週間で、中村さんはすっかり本田さんに懐いていた。
「美里ちゃん、大丈夫?お水飲んどこっか」
「千波先輩〜私、先輩の役に立てるように頑張ります〜」
「違うでしょ、お客様の役に立てるように、だよ。も〜酔っ払ってるなあ」
 抱き付く中村さんをよしよしとなでながら、本田さんはビールを飲む。

 なんだかカッコいい、と思ってしまった。



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