ずっと一緒に 〜後輩男子の奮闘記〜
16. 7月・2回目

千波



 7月に入って、やっと仕事が一段落した。
 ようやく、落ち着いて自分の時間が確保できるようになった。
 土曜出勤がなくなったこの週末は、金曜日の夜にはるちゃんの家に招待されている。
 お泊まり前提のご招待。

 あの日から、土曜日の夜に、はるちゃんが家に来てくれるようになった。
 私は大抵土曜出勤だったから、はるちゃんが出勤の日はそのまま一緒に帰って、出勤じゃない日は会社まで迎えに来てくれる。
 私は駅で待ち合わせでいいって言ったのだけど、ちょっとでも長く一緒にいたいから、と迎えに来る。
 どこかのお店でご飯を食べて帰る日もあるし、はるちゃんが作ってくれる時もある。
 はるちゃんの作るご飯は、凄くおいしい。私の料理の腕は普通なので、披露するのが怖くなる。未だに料理は作っていない。
 ご飯の後は、お風呂に入ってさっぱりしてもらう。順番が逆の時もある。最近は暑くなってきたから、シャワーが先の時も多い。
 その後は、2人でゆっくりまったりする。ビールを飲みながら、テレビを見たり、おしゃべりしたり。
 流れでいちゃいちゃからエッチする時もあるし、さあ寝ようと言ってベッドに行ってから始まる時もある。
 はるちゃんはいつも優しくて、私は痛みの記憶や恐怖からすっかり解放された。今では凄く幸せな時間になりつつある。

 一番怖かった、隣で眠れなかったら、というのも、問題なかった。
 というか、はるちゃんの隣は凄く心地良くて、すぐに眠くなる。
 横に座ってテレビを見ていても、すぐにうとうとしてしまう。
 おかげではるちゃんに、凄く疲れている、と思われて「俺帰るから、ちゃんと休んで」と言われて、焦って止めた時もあった。
 今は、何をしてもうとうとしているので、そういうものだと思われているらしい。苦笑しながら抱き抱えて眠らせてくれている。



「じゃあなんの問題もないじゃない。早く結婚すれば?」
 ランチの席で、こともなげに恭子が言う。
「そんな、だって向こうは23歳だよ?まだ遊びたいだろうし」
「須藤君が遊びたい?あり得ないよ。もしそんなこと考えてるんなら即別れさせてやる」
「その『あり得ない』はどこから来るのよ」
「だって、あんなに『千波さん大好き!』ってだだ漏れしてるじゃない。みんな大型犬が尻尾ぶんぶん振ってるのが見えるって言ってるよ」
「尻尾ねえ……」
 実は、私にも見える。2人の時には、しゅんとした時に垂れた耳まで見えるほどだ。
 確かにはるちゃんは大型犬タイプ。やっぱりケンさんに似ている。
「須藤君、人気あったけど、今じゃもう誰も手出ししようなんて人いないもの。逆の意味で人気出たけどね」
「逆の意味って?」
「『あんな風に思われたーい』っていうやつ。あんたは今や女子社員の羨望の的よ」
「そ、そう……」
 恥ずかしい。そんな風に見られてるんだ。
「あれだけ思われて、何が不満なのよ」
「不満は無いよ。不安はあるけど」
「不安?どんな?」
「……やっぱり、年のこととか」
 恭子は黙って聞いてくれる。
「今は、付き合い始めたばっかりだからあんな感じだけど、この先のことなんて誰もわかんないし……。なんかね、泡みたいな感じなんだよね」
「泡?」
「そう。包まれると気持ちいいんだけど、すぐ消えちゃうの」
 恭子は苦笑いしている。
「後ろ向きだなあ、千波」
 私も苦笑いだ。自覚はある。
「信じられないの?須藤君のこと」
「そうじゃないの。信じてるし、彼が嘘とか冗談で結婚のことを言ってるんじゃないこともわかってる。でも、人の気持ちは変わるでしょ?若ければ若いほど」
「そんなこと言ったら、誰とも何もできなくなっちゃうじゃない」
「そうだけど……やっぱり怖いよ。もう少し、時間がほしい。今の、付き合い始めた勢いだけじゃないって、自分で感じられるようになるまで」
 恭子は、苦笑いのまま言った。
「それ、須藤君にちゃんと言った?」
 私は、首を横に振った。
「真剣過ぎて、言えなかった。だって、勢いだけなんでしょって言ってるように聞こえそうだったから……結婚はまだ考えてないって言った。実際、考えてなかったしね」
 ははっと笑った。
「で、彼はなんて?」
「じゃあこれから見ててって。ずっと結婚したいって思ってるから、それを信じてもらえるように頑張るって。私が結婚してもいいって思えるようになるまで待つからって」
 恭子は、ふふふと笑った。
「それは……多分、全部お見通しだね」
「なにが?」
「千波の考えてること」
「え……?」
「須藤君て、実際の年よりもずっと大人だと思う。その上、千波のことはよーく見てるからね。思考パターンとか、ほとんど読まれてると思うよ。よく先回りして差し入れされたりしてたでしょ」
「ああ、そういえば……」
 疲れたなって思う頃に、よくカフェオレとかチョコレートとかくれたっけ。タイミングが合うんだなって思ってたけど、そういうことだったのか。
「大事にされてるね、千波」
 恭子が微笑む。
 顔が熱くなった。
「恭子さんほどじゃありませんよ」
「茶化すな」
 2人で顔を赤くしながら、ランチの残りを食べた。

 大事にされている。
 それは実感できてる。
 いいのかなって思うくらい、大事にされている。



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