新人ちゃんとリーダーさん

 認めてしまえばそれはすとんと自分の中に落ちてきて、ぴたりと型にはまった。
 とはいえ、前途は多難。いや違うな。多難なんて可愛いもんじゃなかった。そうかそうかこれが恋なのかと浮かれたのはほんの数分。オーナー(いわ)く俺がベタ惚れしているらしいあの女、九頭見の右薬指を陣取っている銀色の輪っかを思い出して酔いは一気に覚めた。あいつ、男いる。恋心に気付いた瞬間に失恋だとか絶望しかねぇ。
 くそだな。あああくそっ!とジョッキをテーブルへと叩きつければ、ああ、と合点がいったのか「でも九頭見ちゃんの彼氏、クズでヒモなパラサイト野郎みたいだし、取っちゃえば?」とオーナーはさらなる爆弾発言を投下した。
 おいそれ詳しく聞かせろと詰め寄るまでもなく、けたけたと笑いながらオーナーが語ったあいつのバイトをする理由とバイトが終わると速攻で帰る理由に、あ、奪おうと即決したのは言うまでもねぇだろう。
 それからオーナーとバイト仲間である三馬鹿達にも協力してもらい歓迎会を開き、他の男がどういうものか知れば己の男がどれ程のクズか分かるだろうと上手い具合に誘導して週に一度のご飯会へと呼び出し続けているにも関わらず、未だ右薬指の輪っかは健在。先週、オーナーがわざと喋った俺の恋愛事情にも「鬼頭さんのがいい男です!」とまるで他人事。いやてめぇの事だわ!と叫ばなかった俺は偉い。
 何で気付かねぇんだ。そんな疑問が浮かぶと同時に、これで気付かねぇんならどうすりゃいいんだよと焦りや苛立ちも募って、そういう時に限って人間っつう生き物は良くねぇ事を思い付く。
 寝取るか、と。

「腹減ってるか?」

 梅酒の缶を差し出しながら尋ねれば、「いえ、そんなには。鬼頭さんはお腹()きましたか?」と缶を受け取りながら首を傾げられる。
 くそ可愛ぶち犯してぇ。

「俺も別に」
「一緒ですね。あ、梅酒ありがとうございます」
「ん」

 カシュ、と蓋を開け、片手で持てる缶をわざわさ両手で持ってくぴりと一口飲んだあとの唇が酷く扇情的で、ごくりと喉が鳴る。
 落ち着け、まだだ、まだ。頭の中で何度もそれを繰り返しながら、ソファのひじ掛けと隙間なく引っ付いているそいつの真横に座った。

「っ、」
「で、早速だけど」
「あ、は、はい」

 ぴたりと腕が密着するように座ったのは当然わざとだ。【バイト先の先輩】じゃなく【男】だって意識すりゃあいい。接触した事に目を丸くして驚いている隙に、当たってるだの近すぎるだの言わせないよう家に連れ込む為の口実であったそれをさも遂行するかのように口火を切った。
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