嘘吐きな王子様は苦くて甘い
帰り道、私達の間に会話はなかった。旭君も昇降口で手を離したきり、もう繋ごうとはしない。なんとなく、薄ら不機嫌なオーラが漂ってる。

何で怒ってるのか知らないけど、文句言いたいのはむしろこっちの方だ。友達に見せつける為にわざと手を繋ぐなんて、私の気持ちを知ってるくせにあんまりだと思う。

ドキドキしてしまった自分がバカみたいで、また泣けてくる。

「なぁ」

「何?」

「アイツにもやったの?」

「え?」

「クッキー」

「あぁ、一ノ宮君?あげたよ、お菓子もらったから」

「ふぅん」

全然納得してないような、刺々しい言い方。

…何よ、自分だけじゃなかったことが嫌なの?皆に配ってると思ってるんだろうか、旭君は。

「…別にいいでしょ?誰にあげたって」

旭君に向かってこんな言い方、したことない。でもあんまりにも自分勝手な彼に、ひと言言わずにはいられなかった。

「いいけど。別に」

「じゃあ何で怒ってるの?」

「は?怒ってねーよ」

「怒ってるじゃん」

「怒ってねぇ」

「怒ってる!」

私は足を止めて、旭君をキッと睨み付ける。旭君も同じように立ち止まって私の方を見た。






「じゃあ旭君は、何でさっき手繋いだの!?いつもそんなことしないくせに!」

ダメだって頭では分かるのに、言葉が溢れて止まらない。

「…悪りぃかよ」

「悪りぃよ!あんなの…勘違いするじゃん!」

「勘違い…?」

「旭君が…」

あぁ、泣きたくない。泣きたくないのに、勝手に鼻がツンとして目尻から溢れていく。

「旭君が私のこと好きなのかなって、勘違いしちゃうじゃん…」

「…」

「バカ…旭君、酷いよ…」

腕でゴシゴシと乱暴に涙を拭くと、そのまま足早に立ち去ろうとする。そんな私の手を旭君が掴んで引き止めた。

「待てって」

「や、離して!」

「ひまり!」

「っ」

涙が止まらない。名前を呼ばれて嬉しいのに、苦しくて堪らない。

好きなのに。大好きなのに。

旭君といると、ずっと苦しいの。

「ひまり」

「…」

「ごめん」

「何の、ごめん?」

「…」

旭君は辛そうにクシャッと表情を歪めて、手を握ったまま真っ直ぐに私を見つめる。

旭君は天邪鬼で素直じゃなくて嘘吐きで、誰よりも早く私の心に気付いてくれる、優しい人。

「別れよう、ひまり」

「…うん」

どうして?泣いてるのは私なのに。

どうして旭君まで、そんな泣きそうな顔するの?

私から離せない手を、旭君も離さない。

たった今別れを決めた私達は、暫くお互いに手を握り合ったままだった。

大好きな旭君と私は、明日からまたただのお隣さんに戻るんだ。
< 34 / 89 >

この作品をシェア

pagetop