その手をぎゅっと掴めたら。

カウンター席に座った青山さんは柔らかい表情で語った。


「1年前、気付いたら"さの喫茶"の前に立っていた。どうしてそんなことになったのか、意味が分からなかった。あれ?俺、死ななかったの?って、一瞬だけ期待したけど、行き交う人は誰も俺の姿が見えていないんだ…」


この世界に一人きり。
その孤独にどれ程の恐怖を感じたか計り知れない。


「両親や北斗に呼びかけても、何一つ反応しなかった。自分のお墓があることを知って、絶望した。おまけに俺の携帯電話にカウントダウンが表示されていたんだ。365から始まって1日1日、日数が減っていく。それは俺の命のカウントダウンに思えた。0日になったら、ちゃんと死ねるのかなって期待さえした」


トートバッグから取り出された携帯電話がカウンター席に置かれる。

大きな文字で、『14』と表示されていた。


「14って…」

「残り、14日ってことかな」



14日後は、ーー12月31日。


だから青山さんは来年に留学すると宣言していたんだ。永遠の別れを、留学と例えて。

携帯電話のディスプレイをじっと見つめる。青山さんの顔が、見れない。


「目覚めてから7日後、さの喫茶に立ち寄ったんだ。毎週金曜日、さの喫茶でコーヒーを飲んでマスターと話すことが日課になっていたから、なんとなく足を運んだ…その扉を開けたら、」


青山さんは振り返り、当時を振り返っているかのように扉を見つめた。


「マスターが、俺の名前を呼んだんだ」


「おじいちゃんには、青山さんが見えたってこと?」


だから孫娘である私にも、少しの違和感なく青山さんの姿が見えるのだろうか。


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