昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
葉月は帰宅後、早速自分の部屋にある机の上のパソコンを立ち上げた。そしてブラウザを開き、『犬 生まれ変わり』とキーボードに打ち込んで検索をした。

すると、かなりの情報が画面に表示された。

これだけあったら、何か有力な情報が出てくるかもしれない。

 葉月は信憑性が高そうなものから見ていくことにした。

本当かどうかは置いておいて、実際に犬が生まれ変わった話はいくつかあるようだった。

「へえ、結構リアルだなあ」

 葉月は読みながら思わず感心した。

 読んでいくうちに、特に興味を惹かれる話を見つけた。

それは犬の時にあった腕のあざが、人間に生まれ変わった時にも、全く同じ腕の場所にあったと言う話だった。

「あざか……」

ハルにはあざはなかったと思うけど、確か“シミ”のようなものがどこかにあった気がする。

 葉月は気になって、早速母に電話をすることにした。

「もしもし、お母さん?」

「もしもしー。葉月、どうしたの?」

 父と違い、母とはよく連絡を取り合っていた。だから今もこうして気軽に電話ができる。

葉月は実家に帰らない本当の理由を、これまでずっと母に隠してきた。母は葉月が父と喧嘩しているから、父と口を利かないでいると思っているらしい。

でもこれでいいんだ。

母に本当の理由を言わないのは、母を思ってのことだから。

「お母さん、ハルのことでちょっと訊きたいことがあるんだけど」

「ハル? 懐かしいね。別にいいよ」

 久しぶりに娘から電話がかかってきて嬉しいのか、母の声がいつもよりも高らかに聞こえた。

「ハルってさ、生まれた時から体のどこかに、シミみたいなものなかった?」

「ああ、あったね。ほら、覚えてない? 左耳の中に星みたいなシミがあったでしょう。それのことじゃない?」

左耳の中に星のシミ。

そんなシミを持った人がこの世界にどれほどいるのだろう。

まさか何人もいるわけがない。世界中探したって、たった一人を見つけるのも難しいだろう。

だからもしこれが翔にもあったら、本当に翔はハルの生まれ変わりと言うことになる。

次、翔に会った時に確かめようと葉月は心に決めた。

「そう、わかった。ありがとう。話は変わるんだけどさ、私って昔軽井沢で、ハルと一緒に迷子になったことあった?」

 葉月は翔に言われた話が本当かどうか、母に確かめることにした。

「何? さっきからどうしてそんなこと訊くの?」母は怪訝そうに言った。

 まさか、いきなり現れたハルの生まれ変わりだと言う男の言うことが、本当かどうか確かめるためだなんてことは絶対に言えない。

例え言ったとしても、きっと笑われるだけだ。

そう思った葉月は「えーと、急にハルのこと思い出したんだけどね、懐かしくなったから、お母さんと久しぶりにハルの話がしたいなと思って」と苦し紛れに誤魔化した。

 少々無理があっただろうかと不安になりつつ、母の反応を待った。

「まあいいけど」

 母のその一言を聞き、葉月は胸を撫で下ろした。

「そう言えば、迷子になったことあったね。あの時はびっくりしたよ。親切な人が葉月とハルを保護してくれてたからいいけど。葉月はワンワン泣いてたわ。でもハルは泣いている葉月を一生懸命慰めようとして舐めてたの。それから保護して下さった方が言っていたけど、ハルが助けを求めにきたらしいじゃない。本当に賢い犬だった、ハルは」

母の声は少し悲しそうに聞こえた。

「じゃあ、ハルがマムシに噛まれたことは覚えてる?」

「あれも懐かしいねえ。私たちが目を離した隙に、いつの間にかハルがキャンキャン鳴いていて、どうしたのか見てみたら、マムシがハルと葉月の前にいたの。私は心臓が止まるかと思ったけど、ハルはマムシが襲いかかってきた時、葉月をかばおうとして自らマムシに噛まれていたわ。私はあの時ハルに、どれだけ感謝したことか」

 母は相変わらず悲しそうに話した。今更だとは思うが、葉月には母が、ハルが死んだことを受け入れたくないように思えた。

 それにしても聞けば聞くほど、ハルが生前どれだけいい犬だったか、胸が痛いほどにわかった。

そして何より驚いたのは、翔が話していたことは実話だったと言うことだ。実際、母と翔が話していた話は一致している。

これで後は耳の中にある星のシミが翔にもあれば、もう文句の付けようがない。

「ハルが生きてたのって小さい時だったから、あんまり覚えてなかったけど、ハルって偉かったんだね」

「そうだよ」

「本当に話してくれてありがとう、お母さん」

「どういたしまして。それにしても葉月、いい加減そろそろ家に帰ってきて、お父さんと仲直りしてあげてよ。もう四年だよ。葉月がお父さんと口を利かなくなったのって。それに、一人暮らしを始めてから一度も家に帰って来ないじゃない。お父さんね、大型連休が来るたびに、葉月が帰って来ないから、すごく寂しそうだよ。もう子供じゃないんだし、意地張ってないで、ね?」母は諭すように言った。

「その話は、ごめん。お母さんには悪いけど、私はまだ仲直りするつもりはないから」

 電話の向こう側から母の溜め息が聞こえた。

きっと断固として崩れることのない葉月の頑なな姿勢に呆れているに違いない。

「わかった。でも、いつかはちゃんと帰ってきなさいよ。じゃあそろそろ切るね」

 母との電話は途絶えた。

 母から見て、葉月はまだ大人になりきれていない駄々をこねている子供のようなものだろう。

しかし、母に本当のことを打ち明ける勇気はまだない。言ったところを想像しても、悪い未来しか思い浮かばないのだ。それに、母の傷つく姿は見たくない。

本当は帰りたい気持ちは山々だけど、父の一件が解決しない限りは一生無理だ。

 葉月はカーテンを開き、ベランダに通じる掃き出し窓の鍵を開けた。

そして無数にある街の明かりを見下ろした後、東京と言う都会の夜空を気が済むまで眺めた。

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