昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
冷たい風が吹く会社のベランダ。ひんやりとして気持ちがいい。

今日も葉月はこのベランダで、翔について考え事をしていた。気づけば最近考えることと言ったら、翔や父のことばかりだ。

そんな自分が嫌になり、葉月は大きな溜め息をついた。

「そんな溜め息ついてると、幸せが逃げるぞー」

 月野がまたどこからともなく缶コーヒーを飲みながら隣にやってきた。

「長谷川も飲む? もう一缶あるけど」

「じゃあ遠慮なく」

 葉月は月野から缶コーヒーを受け取った。

「で、あの高校生とはどうなったわけ?」月野はベランダの手すりに頬杖をつきながら言った。

葉月は月野に、生まれ変わりについて話すかどうか迷った。そのため月野に話しかけられても、気もそぞろになり、答えることができなかった。

「━━なんで何も言わないんだよ」

「実は、まあ色々あって」

「色々ってなんだよ」

 月野になんと言えばいいか分からず、葉月は言葉を濁した。そのせいで口が乾いたため、月野からもらった缶コーヒーのプルトップを引き、コーヒーで喉を潤した。

「お前、やっぱりあの高校生のこと好きなんじゃないの?」

「えっ? だからそれは違うって、前にも話したじゃないですか」

 月野は葉月を疑いの目で見た。

 何で月野はこうも翔のことを好きだと疑ってくるのだろうか。葉月には疑問だった。

「あれからお前、そいつのことばっかり考えてそうだし、弟みたいとは言いつつも、やっぱり悩んでる時点でそいつのこと好きなんじゃねーの」

「本当に違います」葉月は言い切った。

 月野は未だに疑っている様子だ。

一体いつになったら、この月野の疑念が晴れるのだろうか。

「ま、いいけど」そう言うと月野は、缶の中に残っていたコーヒーを一気飲みした。

 葉月はそんな月野を凝視した。

 月野は生まれ変わりなんて信じるだろうか。いや、言ったところで馬鹿にされるだけかもしれない。

そんなことを考えながら月野を見ていると、こちらに気づいた月野が、
「あんまこっち見んなよ」と言った。

「何照れてるんですか」

「別に照れてなんかねーよ」

「ハハハ。冗談ですよ」葉月は笑いながら言った。

 笑ったら突然迷いが消え、葉月はやはり月野に話そうと思い、口を開いた。

「ところで月野さん」

「何?」

「生まれ変わりって信じます?」

「生まれ変わり? 急にまたどうしてそんなこと訊くんだよ」月野は怪訝そうに言った。

「あ、えーと、たまたまネットでそう言う記事を見たんですよ。だから気になって訊いてみただけです」葉月は母の時と同様、咄嗟に誤魔化した。

「生まれ変わりねえ、俺そう言うのは信じないわ」

「やっぱりそうですよね」

 月野は生まれ変わりだけじゃなくて、占いとかも信じないタイプだろうと予想はしていたけれど、本当に予想通りで葉月は落胆した。

それでも小さな期待をし、訊きたくなってしまったことを反省した。

訊くだけ無駄だったかもしれない。馬鹿にされなかっただけマシだけど。

「まあでも、もし本当に生まれ変わりなんてものが現実にあるなら、俺は事故で死んだ妹に会いたいかな」

「えっ━━」

 葉月は月野の妹が事故で死んだことを初めて知り、驚きを隠せないでいた。

「月野さん、妹さんがいたんですね」

「あれ、言ってなかったか。半年前、交通事故で亡くなったんだよ」

 半年前と言えば、葉月が入社する前のことだ。知っているはずがない。

「そうだったんですね……」

 触れてはいけない話題だったかもしれない、と葉月は今更になって後悔した。

「そんな暗い顔すんなよ」

「誰だってしますよ。でも、私のせいでそんな大事なことを思い出させてしまって、すみませんでした」

 葉月は謝ると同時に、月野に向かってお辞儀をした。

「謝んなって。ただ、俺は妹のことを思ったら、生まれ変わりがあったらいいのになとは思ったよ。生まれ変わった妹に会って、今幸せかどうか訊きたいね。やっぱ家族だからさ、生まれ変わった後も元気かどうか知りたいじゃん。まあ、そんなこと絶対に信じねーけどな」

 葉月も月野と同じで、ハルが元気かどうか知りたいと言う気持ちがある。そして月野にもそんな過去があったと言う事実が、葉月の心を大きく揺さぶった。

「妹さんは、何歳だったんですか?」

「二十二歳だよ。ちょうど長谷川と同い年かな」

 同い年━━。
そんな若さで亡くなってしまったなんて━━。
まだまだやりたいことがたくさんあったのかもしれない。

葉月は同い年と言うことで月野の妹に親近感を抱き、深く同情した。

「妹の名前は梓って言うんだけど、梓の仕事は俺と同じ営業でさ、俺よりも成績優秀な営業マンになってやるって、意気込んでたよ。馬鹿だよな。俺よりも優秀なんて、百万年早いっての」月野はそう言いながら切なそうに笑う。

 葉月はそんな月野を見て胸が痛んだ。

「かっこいいですね」

「だろ? 梓がこの世にいたら、長谷川に会わせることもできたんだけどな」

「ぜひ会いたかったです」

 葉月はそれ以上何も言えなかった。何か気の利いたことを言えればいいのだが、何も思いつかなかった。下手なことを言って月野の傷を深くするようなことはしたくない。

「まあそんなことより、お前に印刷してもらった資料、さっき見たら一枚足りなかったんだけど」

「えっ? 何でだろう。印刷し忘れたのかな? おかしいな。ちゃんと印刷したはずなのに」

 動揺しながらも、印刷を頼まれてから月野に渡すまでの工程を、葉月は必死で思い返す。

「うっそー。ちゃんと全部ありました」月野はおどけて言った。

「ちょっ。そう言うの本当やめてください。心臓ドキッとするじゃないですか」

怒りはしたが、先程までのシリアスな月野からいつもの月野に戻り、葉月はホッと胸を撫で下ろした。

「ハハ。長谷川って本当面白い」

「もう、からかわないでくださいよ」

 生まれ変わり━━そんなことが本当にあるのだろうか。

翔のことを思い出しながら、葉月はふと考えた。

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