昔飼ってた犬がイケメン男子高校生になって会いにきた話
朱里に事情を説明し、今日は早退させてもらった。葉月は今朝考えたばかりの計画を実行するために、現在、翔が通う高校に来ている。
あまり目立たないように、校門の前から少し離れた場所で、翔が来るのを待っているところだ。
ちょうど近くにあった電柱に身を隠すようにして、電柱の隅から顔だけ覗かせて校門を凝視していると、突然、葉月の背後から声がした。
「こんなところで何やってるんですか」
驚いた葉月は咄嗟に、「わっ、すみません。怪しい者ではないんです」と言った。
「私ですけど」
「え……?」
後ろを振り向くと蓮見がいた。
「何だ、蓮見ちゃんか。もう、驚かさないでよ」
「いや、それはこっちのセリフですから。何で葉月さんがうちの学校にいるんですか?」蓮見は訝しげに言った。
「翔に会いに来たんだよ」
「えっ、てっきりもう諦めたのかと思った」
「諦めるわけないよ。それより、翔は今どこにいるか知らない?」葉月がそう言うと、蓮見は顔をしかめた。
「例え知ってたとしても、葉月さんには教えませんよ」
葉月は苦笑すると、「ですよね」と納得したように言った。
これまで翔のことで蓮見が色々と言ってきたことは重々承知の上だったが、駄目元で聞いたことを後悔した。そして再び校門の方へ目を向けた。
「会ってどうするつもりなんですか?」
「もう一度ちゃんと話して、記憶を思い出してもらおうと思って」
「そんな簡単に記憶が戻るわけないですよ。私、昨日言いましたよね? もう翔くんの記憶は戻らないって。だから、大人しく諦めてください」
「戻るって信じて、やれるだけのことをやれば、きっと記憶は戻るよ。私はちゃんと信じてる」
記憶を戻して、また翔と他愛もない話をしたり、一緒にたくさんの場所に出かけたい。それに、告白の返事をしなければならない。
だから誰に何を言われようが、自分の意志は変わらない。
蓮見は小さく息をつくと、「何でそんな前向きになれるんですか? 翔くんのことがそんなに好きなの?」と言った。
真剣な表情になった葉月は「好きだよ。私は翔のためなら何でもやれる」と言った。
葉月の本気さに蓮見は面食らったように見えた。
「正直そう言う暑苦しいの、ほんとに無理━━でも、私葉月さんのこと嫌いじゃないです。私がモモだった時、優しくしてくれたから」
蓮見のその言葉を聞き、校門に目を向けていた葉月は蓮見に視線を移した。
「蓮見ちゃん……」
「だから今日だけ特別に、翔くんの場所を教えてあげます」
「えっ、本当に? 翔はどこにいるの?」
蓮見は照れくさそうにしながら、「今翔くんは教室にいます。友達と楽しそうに話してたから、しばらくしたら来ると思いますよ」と言った。
「ありがとう、蓮見ちゃん」
葉月はたちまち笑顔になった。
「べ、別に、私は昔優しくしてもらったから教えただけで、葉月さんのことはこれからもライバルだと思ってますから、勘違いしないでくださいね!」
「わかったよ」
焦りながら早口で言う蓮見と対照に、笑いながら穏やかに葉月は言った。
「じゃあ、私帰りますから! せいぜい不審者に思われないように気をつけてくださいね!」蓮見はそう言うと、急ぎ足で帰ってしまった。
行ってしまった。蓮見はたまにキツいことも言うけど、ああ言う優しいところもちゃんとあるんだ。
間もなくして、翔は友達と一緒に出てきた。
葉月は翔が校門から出てくると同時に、「翔っ!」と呼んで、翔の元に急いで近づいて行った。
「あ、昨日の……」翔は葉月を見るなりそう言った。
「今ちょっと話せるかな?」と葉月が言うと、「え? あ、はい」と翔が戸惑ったように言った。
翔と一緒にいた友達は「じゃあ、俺ら先に行ってるわ」と言って、葉月と翔から離れていった。
「何か俺に用ですか?」
「私のこと、本当に覚えてないの?」
「はい、覚えてませんけど……」
翔は困惑した顔で葉月を見ている。
「そっか、そうだよね。私、葉月って言うんだけど、ついこの前まで、私たち一緒に会ったり連絡取ったりしてたんだよ」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか。記憶にないし━━あ、でも、ラインの履歴とか着信履歴とかは確かにありました。知らない人だから放っておいたんですけど、もしかして、あれはあなただったんですか?」
「あ、うん! それ私だよ」葉月は記憶を思い出すきっかけになるのではないかと期待しながら言った。
「あの、俺ああ言うことされても困ります。どこで俺の連絡先を知ったか知らないですけど、もう連絡して来ないでもらえますか?」
葉月は一瞬落ち込むと、「いや、今は忘れてるかもしれないけど、翔と私は友達同士だったんだよ。ライン見てもらえればわかると思う。だから、無理にとは言わないけど、また私のことを思い出してほしい」と言った。
「そんなこと言われても……」
「お願い、この通りです」そう言って葉月は頭を下げた。
「いや、こんなところで頭下げられても困りますよ」
すると、スマートフォンから着信音が鳴った。
翔は自分のスマートフォンを手に取り耳に当てると、「もしもし? おう、わかった。すぐ行くよ」と言うとすぐに電話を切った。
「じゃあ俺、もう行かないといけないんで」
「えっ、ちょっと待って。まだ話は終わってな……」
葉月が何かを言いかけている途中にもかかわらず、翔は葉月の元から去った。
葉月は翔を追いかけようか迷ったが、さすがにそこまでしつこくしてもよくないと思い、今日のところは大人しく引き下がることにした。
せっかく早退をしてきたと言うのに、話せたのはほんの僅かな時間だけだった。
でも、今日翔と話したことは決して無駄ではなかったと思う。
☆
あまり目立たないように、校門の前から少し離れた場所で、翔が来るのを待っているところだ。
ちょうど近くにあった電柱に身を隠すようにして、電柱の隅から顔だけ覗かせて校門を凝視していると、突然、葉月の背後から声がした。
「こんなところで何やってるんですか」
驚いた葉月は咄嗟に、「わっ、すみません。怪しい者ではないんです」と言った。
「私ですけど」
「え……?」
後ろを振り向くと蓮見がいた。
「何だ、蓮見ちゃんか。もう、驚かさないでよ」
「いや、それはこっちのセリフですから。何で葉月さんがうちの学校にいるんですか?」蓮見は訝しげに言った。
「翔に会いに来たんだよ」
「えっ、てっきりもう諦めたのかと思った」
「諦めるわけないよ。それより、翔は今どこにいるか知らない?」葉月がそう言うと、蓮見は顔をしかめた。
「例え知ってたとしても、葉月さんには教えませんよ」
葉月は苦笑すると、「ですよね」と納得したように言った。
これまで翔のことで蓮見が色々と言ってきたことは重々承知の上だったが、駄目元で聞いたことを後悔した。そして再び校門の方へ目を向けた。
「会ってどうするつもりなんですか?」
「もう一度ちゃんと話して、記憶を思い出してもらおうと思って」
「そんな簡単に記憶が戻るわけないですよ。私、昨日言いましたよね? もう翔くんの記憶は戻らないって。だから、大人しく諦めてください」
「戻るって信じて、やれるだけのことをやれば、きっと記憶は戻るよ。私はちゃんと信じてる」
記憶を戻して、また翔と他愛もない話をしたり、一緒にたくさんの場所に出かけたい。それに、告白の返事をしなければならない。
だから誰に何を言われようが、自分の意志は変わらない。
蓮見は小さく息をつくと、「何でそんな前向きになれるんですか? 翔くんのことがそんなに好きなの?」と言った。
真剣な表情になった葉月は「好きだよ。私は翔のためなら何でもやれる」と言った。
葉月の本気さに蓮見は面食らったように見えた。
「正直そう言う暑苦しいの、ほんとに無理━━でも、私葉月さんのこと嫌いじゃないです。私がモモだった時、優しくしてくれたから」
蓮見のその言葉を聞き、校門に目を向けていた葉月は蓮見に視線を移した。
「蓮見ちゃん……」
「だから今日だけ特別に、翔くんの場所を教えてあげます」
「えっ、本当に? 翔はどこにいるの?」
蓮見は照れくさそうにしながら、「今翔くんは教室にいます。友達と楽しそうに話してたから、しばらくしたら来ると思いますよ」と言った。
「ありがとう、蓮見ちゃん」
葉月はたちまち笑顔になった。
「べ、別に、私は昔優しくしてもらったから教えただけで、葉月さんのことはこれからもライバルだと思ってますから、勘違いしないでくださいね!」
「わかったよ」
焦りながら早口で言う蓮見と対照に、笑いながら穏やかに葉月は言った。
「じゃあ、私帰りますから! せいぜい不審者に思われないように気をつけてくださいね!」蓮見はそう言うと、急ぎ足で帰ってしまった。
行ってしまった。蓮見はたまにキツいことも言うけど、ああ言う優しいところもちゃんとあるんだ。
間もなくして、翔は友達と一緒に出てきた。
葉月は翔が校門から出てくると同時に、「翔っ!」と呼んで、翔の元に急いで近づいて行った。
「あ、昨日の……」翔は葉月を見るなりそう言った。
「今ちょっと話せるかな?」と葉月が言うと、「え? あ、はい」と翔が戸惑ったように言った。
翔と一緒にいた友達は「じゃあ、俺ら先に行ってるわ」と言って、葉月と翔から離れていった。
「何か俺に用ですか?」
「私のこと、本当に覚えてないの?」
「はい、覚えてませんけど……」
翔は困惑した顔で葉月を見ている。
「そっか、そうだよね。私、葉月って言うんだけど、ついこの前まで、私たち一緒に会ったり連絡取ったりしてたんだよ」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか。記憶にないし━━あ、でも、ラインの履歴とか着信履歴とかは確かにありました。知らない人だから放っておいたんですけど、もしかして、あれはあなただったんですか?」
「あ、うん! それ私だよ」葉月は記憶を思い出すきっかけになるのではないかと期待しながら言った。
「あの、俺ああ言うことされても困ります。どこで俺の連絡先を知ったか知らないですけど、もう連絡して来ないでもらえますか?」
葉月は一瞬落ち込むと、「いや、今は忘れてるかもしれないけど、翔と私は友達同士だったんだよ。ライン見てもらえればわかると思う。だから、無理にとは言わないけど、また私のことを思い出してほしい」と言った。
「そんなこと言われても……」
「お願い、この通りです」そう言って葉月は頭を下げた。
「いや、こんなところで頭下げられても困りますよ」
すると、スマートフォンから着信音が鳴った。
翔は自分のスマートフォンを手に取り耳に当てると、「もしもし? おう、わかった。すぐ行くよ」と言うとすぐに電話を切った。
「じゃあ俺、もう行かないといけないんで」
「えっ、ちょっと待って。まだ話は終わってな……」
葉月が何かを言いかけている途中にもかかわらず、翔は葉月の元から去った。
葉月は翔を追いかけようか迷ったが、さすがにそこまでしつこくしてもよくないと思い、今日のところは大人しく引き下がることにした。
せっかく早退をしてきたと言うのに、話せたのはほんの僅かな時間だけだった。
でも、今日翔と話したことは決して無駄ではなかったと思う。
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