さよならプリズム
「好きはすぐに薄れるけれど
嫌いはずっと残る」
「大切を刻みたいとき人は時に、だから後者を選ぶんだ」
「大切?」
「そう。傷つけるために、痕を残すために、嫌いを刻むの、最後の抵抗でね」
アネはあぐらをかいたままぐっと体を前に倒した。
まるで体操のような仕草。両膝が床についた状態で上体をぺたんと前に落とす、それは身も心も柔らかい証明だ。
「私は傷つかないために嘘に本音を隠したの」
「そう」
「もう好きでもなんでもなかったのに大好きと言って別れたわ」
「そう」
「あの子が私を憎んでいることを知っている
無理、無理よ、そう触れ回っていたわ
私は知らないふりをする、全部気付いているのにね
醜いわ、傷つけたこと、一度も忘れたことはない」
「きらいを伝えることも一つの勇気だ、モネ」
勇気よ、と云い、アネは瞬きをした。
大きな瞳に星屑を散りばめて、真昼の空に光を灯したような目は、冬の外で焚火から散る火花のようだった。お互いきらいだ、そう口で言えたらどれだけ楽か。今からでもきらいだと叫んで、あの子も叫んでくれたらいい。きっとしないわ。私も臆病で、傷つけたあの子もきっと、しないの。わかってるの。そんなことをしても意味がないこと、お互いの深い傷でもう二度と戻れないこともわかってるの。
わかってたわ。でもいまだに怯えているわ。あの子の目に止まること。あの子も私の目に触れることをきっとずっと恐れている。恨みの世界があるならば、一目散に私たちはいつも同じ場所にいた。
そしてこれからもきっといる。
「モネはその子がきらいなの」
「嫌いよ、だいきらい」
私は人の嘘がわかるとあの子は言っていたわ。上っ面で塗り固めた私を見透かしていたのなら、いっそ悪役になってお互い傷つけちゃえばよかったのにね。卑怯よ、ずるいわよ。ずるい、あなたはずるい、もう二度と好きの上には成り立たない。