紅に染まる〜Lies or truth〜

正面玄関へ向かうものと思っていた私を

急に方向転換した組長の手が引っ張る


・・・ん?


「離れ、なっ!」


広い庭にある池のほとりに
橙美さん専用のお茶室がある

そこを勝手に【離れ】と呼んで
遊んでいた子供の頃を思い出した


「落ちるなよ」


池に架かる橋を渡ると
ワクワクするような[にじり口]を素通りして

池向きの縁側に座った

茶室の戸は開かれていて
来客を待っていたかのように
風炉釜から湯気が立っている

明かりが点いていないのは
満月の夜だからだろう

池の水に月が写って庭の照明だけでも明るい

ささくれ立つ気持ちが凪ぐようで
フゥと息を吐き出すと隣に座る組長を見上げた


「昨日・・・古参の組を潰した」


「知ってる」


大澤の動きで知らないことは無い


「そこの娘が自分の肩書きを上げる為に俺に繁華街をエスコートしろと言ってきたからだ」


「は?」


原因として考えていたことの予測を裏切る内容に驚いた


「だよな・・・そんな女初めてだ」


眉間に寄せた皺が苛立ちを物語る


「最近、家に帰ると眠りながら陽菜が泣いてる」


「え?」


クソ女のことを話すのかと思った組長の次の言葉がまた予測の斜め上をいく


「原因も分からねぇ」


「どうしていいか分からねぇ」


自信なさげな組長の表情を見る勇気はなかった


「できれば、そんなクソな時間より陽菜の側に居てやりてぇ」


ストレートな組長の声に胸が苦しくなり

素直に‘溺愛の姫’が羨ましいと思った


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