めぐる月日のとおまわり
車は繁華街や飲み屋街ではなく、住宅街の奥へ入って行く。
駅からもバス停からも遠く、街灯さえ少ない場所に、一軒家のような店がポツンとあった。

「着いたよ。ここ」

食事をご馳走になる約束をしたら、当然「何が食べたい?」と聞かれた。
食べたいものなど特になかった。
もしこれが大学の先輩だったら、「ラーメン」と答えていただろう。
お互いに負担が少なく、食事時間も短くて済む。

フレンチのコースが食べたい、とわたしは答えた。
考え得るかぎり、いちばん相手に負担をかけるものを選んだつもりだ。

さらりと終わらせたくなかった。
面倒くさいと思われたかった。
しかし彼は、戸惑う素振りさえ見せてくれなかった。

『フレンチ? 店の指定はある?』

フレンチになどご縁のないわたしは、首を横にふるしかない。

『特に指定ないなら、こっちで予約するよ』

そうして連れて来られたお店は、看板を見ても店名は読めなかった。

「お待ちいたしておりました。こちらへどうぞ」

迎えてくれたのはタキシード姿の男性ではなく、四十代くらいの女性だった。
シンプルなエクリュのエプロンは少しくたっとしていて、わたしの母でも着ていそうなものだ。
床は板張りで、ヒールで歩くと、ガツガツ大きな音がする。

「コースしかないんだけど、いいかな?」

「はい」

「お酒飲む?」

「はい」

「じゃあメニューどうぞ」

わたしが飲み物を選ぶ間、彼は別のメニューを見ていた。
大人っぽく、でもがんぱり過ぎないように、と選んだベージュの花柄ワンピースは、がんぱり過ぎなかったせいなのか気づいてももらえない。

「お酒飲むんだね」

メニューを見てもわからず、結局グラスワインの赤を頼んだわたしに、彼は笑いかける。

「年齢は偽ってないですよ」

「いや、高校の制服姿知ってるから、変な感じして。冬なのに生足でさ」

「変態」

「あの寒空で生足なんて、相手がおじいちゃんでも見るって」
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