めぐる月日のとおまわり
くだけた雰囲気の店なのに、出てくる料理は完璧なフレンチだった。
サラダさえ、ブーケのように華やかないろ合いで、わたしをひるませる。

「あ、おいしい」

ひらひら舞う蝶のように見えたのは、スライスして素揚げされたカボチャだった。
柑橘系のドレッシングは、慣れ親しんだフレンチドレッシングとはまったく違う味がする。

「食べたことない味」

白蕪のスープを食べながらつぶやくと、彼はうれしそうに笑った。

「初体験を提供できてよかった」

「言い方、なんかやらしいです」

「深読みのしすぎでしょ」

おいしいけれど、甘いとも酸っぱいとも、ひと言ではまとめられない味ばかりだった。
これがいわゆる「ハーモニー」というものなのか、と食レポの難しさを思う。

「フォアグラって、いかにもフレンチって感じしますね」

“バロティーヌ”なるものが何なのかわからず、また、どの部分がフォアグラなのかもわからないままに、さらなる初体験を重ねる。

「でもこのフォアグラ、県内産らしいよ」

「え! フォアグラなのに?」

「この店、なるべく地元食材使ってるらしくて、入口のところに産地と生産者が書いてる。俺もヨーロッパの風を感じながらフォアグラ食べて、隣町の出身だって知ったときはおどろいたなあ」

黒トリュフ入りコロッケ、鮑のリゾット、白身魚のバブール、仔羊のキャレ。
わたしには不釣り合いだと感じるそれらの料理を、彼は定食を食べているかのような自然体で平らげていく。

「よく来るんですか? ここ」

「いや、めったに」

「彼女さんと来ました?」

「一回来たかな。彼女の方はときどき友達とランチに来てるみたいだけど」

友達とのランチも、わたしなんかはハンバーガーかファミレスだ。
彼女もまた、彼と釣り合う“大人”なのだ。

「俺、甘いの好きじゃないから、よかったら食べて」

空になったわたしの皿が奪われ、手つかずのフロマージュムースと交換された。
ムースの上のミントジュレが照明にキラキラ光る。

「……太っちゃう」

「非難されるの覚悟で言うと、ちょっとくらい太っても構わないと思うよ」

「変態」

「だから『非難されるの覚悟』って、前置きしたじゃない」

交わされる会話は当たり障りなく、きさくなくせに深入りを許さない。
名刺はもらったものの、そこには会社の連絡先しか書いておらず、連絡はすべて、店にやってきた彼と口頭でやり取りした。
今日の食事会を、彼は「デート」と言ったけれど、わたしとの間に慎重に線を引く。
そこには、彼女への気づかいがたしかに感じられた。

いくつか年を取ったくらいでは変わらない距離が、ワインの酸味を強くする。
本当は飲み慣れないワインは、なかなか喉を通らなかった。


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