めぐる月日のとおまわり

「君はそういうの、顔に出るからね」

「ずっと笑顔で話を聞いてましたよ」

「君の笑顔は嘘くさい」

「失礼ですね。がんばったのに」

「『つまらない』『帰りたい』って空気出してるから、会話つづかないんだよ」

車は大きな公園の駐車場に停まった。
自動販売機の灯りと、小さな街灯がひとつだけで、虫の声ばかりが騒がしい。
その自動販売機で椎野さんは烏龍茶を買ってくれた。
少し乾いていた身体が潤って、幾分話しやすくなる。

「椎野さんから見て、わたしはつまらなそうに見えないんですか?」

ブラックコーヒーを飲んでいた椎野さんは、ひとつうなずいて「見えないよ」という。

「俺は北浦さんといるとたのしいし、もっと一緒にいたいと思う。そういうのって響き合うものでしょ?」

「そうかもしれません」

「恋人でも友達でも、似たような音叉もってるひとに惹かれるんだよ、きっと。それで近ければ近いほど、よく響くんだと思う」

椎野さんの声に、虫の声が重なって聞こえる。
それは暗闇ぜんぶを、やさしくまるくするようだった。

「わたし、今日の食事がデートだと思わなくて」

「君って結構迂闊だからなあ。フレンチに釣られて、よく知りもしない男にホイホイついて行くし」

「よく知りもしない女にたかられる、男のほうがよっぽど迂闊です」

その迂闊な男の笑い声は、コーヒーの缶の中で反響した。

「『付き合ってるひとはいるか?』って訊かれて、『いません』って答えました」

「そう」

「次からは、『います』って答えていいですか?」

椎野さんはコーヒーをドリンクホルダーに戻した。

「いいけど、その相手は俺じゃなきゃいやだ」

「椎野さんがいいです」

「……君って、発作的に素直になるよね」

「酔ってるので」

「ワインをグラスに半分程度でしょ?」

ふっと椎野さんの鼻から笑い声が漏れた。

「それにしても、よくワイン頼むよね。きらいなくせに」

「飲めるようになりたくて」

「どうして?」

「なんか“大人”って感じがするから」

「人生の先輩として教えてあげるけど、ワイン飲んでも大人にはなれないよ。それから不本意ながら男性と食事するとき、酒を飲むのはやめなさい」

わたしは鬱蒼とする木々の方に、つんと顔を向ける。

「口煩いな」

「それなりに腹が立ってるからね。俺がささやかなドライブで我慢してるのに、軽々しくデートに誘われるなんて許せない」

「我慢してるんですね」

「そりゃあね。でも俺は自制心の塊だから」
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