真夜中だけの、秘密のキス
「朝岡君。今日って、何かそういうイベントでもあるの?」
「……へ?」
確かに今日はバレンタインだし、私からプレゼントや手紙を渡すならわかるのだけど。
「男の子から、こんなに沢山話しかけられたの、初めてで」
「ああ、それはね」
一瞬、遠くを見つめた朝岡君は、意味ありげに唇の端を上げた。
「番犬がいなくなったからじゃない?」
「ばんけん?」
「そう。番犬は椿の姫に飼われたからさ」
それは、久木君のこと?
「その隙に、玲香ちゃんのこと気になってる男たちが、一斉に狙いに来たんじゃないかな」
「……何だか怖いね」
「大丈夫。あんまりしつこいヤツがいたら、俺が追い払ってやるから」
そう言って腕まくりをした朝岡君。お兄ちゃんみたいで、頼もしく思えてくる。
「玲香ちゃんさ」
「うん?」
「久木と……仲良かったのに。椿の姫に奪われて、傷ついてない?」
校庭を肩を並べて歩きながら、心配そうに聞いてくる。
“奪われた”
そう、その言葉が合っているかも。
あのまま椿の姫が来なかったら久木君と付き合えた、という保証はどこにもないけど。