泡沫〜罪への代償〜
第六章

結城 ナオト(後編)


誰かが俺の身体を揺さぶっている。
起きろと言わんばかりに。

「まだ眠いから勘弁してくれよ……」

態勢を変えて毛布らしきものを頭まで引っ張る。

「おはよーございます!結城ナオトさーん!起きて下さい!」

耳元でバカでかい声で言われてビックリして目を覚ます。

見知らぬ眼鏡の男が視界にデカデカと入る。

ガバっと起き上がって周りを見る。
図書館のように本棚がズラリと並んでいる。
でも、装飾は何だか派手なのか?テレビで見たことがある西洋の派手な屋敷みたいな感じだ。
自分を見ると、制服を着たままでソファで毛布をかけて寝ていたようだ。

「起きました?」

再び眼鏡の男が言った。微笑んでいるのか薄ら笑いなのかわからない。

誰なんだ?コイツは。

そしてここはどこだ?


「アンタ誰だよ?それにここはどこだ?」

俺が男を睨みながら言うと、ふーっとため息をつく。

「僕は女性には優しくするけど、男の子は好きじゃないんだ。特にキミのようなタイプはね」

笑顔はすっかり消えて呆れた顔になる。
それから続けた。

「まー、聞くまでもないけど、お腹痛いでしょ?ミコちゃーん、結城さん起きたから、抗生物質と一番強い鎮痛剤持ってきて。あと飲み物ね」

本棚とは逆の方向に声を掛けている。そっちはカフェのような造りになっている。
よく見るとデカイ部屋だ。部屋なのか?店?屋敷?なんだここは。

「はーい!結城さんはアイスカフェオレが好きですよねー?薬と一緒にお持ちしますねー」

やたらとアニメ声な女が返事をしている。ここからは遠くて姿が見えない。

それに、なんで俺が腹痛だとわかった?

俺は盲腸になって手術をするから麻酔を……。

「おい!俺は病院で手術をしたはずだぞ?なんでここにいるんだよ!」

「盲腸が悪化して腹膜炎になったんでしょ?それで手術したんでしょ?だから、お腹が痛いの。わかるかな?」

男は分厚い本を両手で抱えて、また、ため息をはいた。

「だから、俺はただの盲腸で手術したんだよ!病院にいないのはおかしいだろ?誘拐か?なんだよ!ふざけんなよ」

「キミ。盲腸なめてない?腹膜炎ってね、命に関わるんだよ?ってことでキミは腹膜炎が想像より酷く、それを医者が見逃してしまって、手術後に容体が悪化で意識不明。ほぼ死亡状態。今がヤマ。医療ミスって言えばそうなるね。で、ここにいる。はい。わかった?じゃあ、あっちのカフェの方に来て。色々と話があるから」

男が言うことが全然わからない。

茫然とする俺を置いてさっさとカフェらしき方へ歩いて行く。
状況が飲み込めない。

仕方ない。今はあの男について行くしかないんだろう。

立ち上がると腹がズキズキする。
痛みに顔をしかめながら男が行った方向へ向かった。


男の向かえの席に座るけれど、腹が痛くてうずくまってしまう。

男はそれを見て「やっぱり飲むより打った方が早いかな?」と呟いた。

そのタイミングでやたらギャルっぽい女がトレイを持って来た。

「あー、やっぱり。私もそう思って注射にしました。打ってもいいですか?」

さっきのアニメ声。この女が「ミコちゃん」と呼ばれていたヤツか。

「いいよ。早く痛みがなくなってくれないと話も出来ないから」

男が言うと、女は俺の腕を掴んでシャツの袖をまくる。

「結城さん、痛み止め打ちますね。速攻で効きますから安心してくださいね?少しチクっとしますよー」

そう言って俺の腕に謎の注射を打った。

何の注射だよ。ヤバイのとかならどうなるんだよ。
少し恐怖を感じながらも痛みで何も出来ない。

打たれて数分。
本当に消えたかのように痛みがなくなる。


「さて……。これでやっと話が出来るかな?あ、抗生剤も注射に入っているから安心を。術後の感染症とか怖いからね」

男が言ったと同時に、俺の方へグラスが置かれる。透明だけれど綺麗な模様が入ったそのグラスにはアイスカフェオレが入っている。

グラスを置いたミコという女が男の隣に座った。そして椅子の脇に置いてた本を膝に乗せた。男がさっきから持ち歩いていて、今は開いてページをめくる本と同じように見える。
そして、俺のグラスの横にも同じ本が置かれている。

黙っている俺と、ページをめくる男を交互に見てからミコが「もー、ウタカタさんは」と文句を言った。

ウタカタさん?それがこの男の名前なのか?

「では、助手である私、ミコからお伝えします。この方はウタカタという名前の職業は神様です。そして私がそのお手伝いをしていますので助手になります。ウタカタさんは……まあ、このように男性がお嫌いなので申し訳ありません。神様と言いましても職業であり、当然ながら他にもたくさんいらっしゃいます。ウタカタさんが担当する管轄。つまりは結城さんがいるこの場所は『狭間』と呼ばれている場所です。生と死を彷徨ってる方がいらっしゃるところです。そこで、その方に選択していただきます。そちらの本を開いてください」

流暢に意味不明なことを言っている。

このミコってやつもウタカタってやつも頭がおかしいのか?

神様?こんなTシャツの上にジャケット着てるヤツが?

少し顔がいいインテリ風な一般人が神様?

馬鹿なのか?それとも俺を馬鹿にしてるのか?

それに目の前の本。
『結城ナオト』と焼印のタイトルがついている。気味が悪い。

「ミコちゃん、説明ありがとう。ここからは僕が」

ウタカタが言って、俺の目の前の本を開いた。

思わず開かれたページに目を向ける。

『清水アカリがホームレス連続暴行事件の犯人だとわかったナオトは、朝からの腹痛が酷くなり倒れる。盲腸が悪化して腹膜炎をおこし緊急手術をするが、医者が病状の重篤さを見逃し、術後に容体が急変。意識不明となり生死を彷徨っている。そして、ナオトはウタカタに呼ばれ、狭間におもむき、ミコから現状の説明を受けている』

「は……?」

俺の間抜けな声を無視してウタカタが話しだす。

「この本はキミの人生の物語。話は現在進行形で進んでいく。開いているページが「今」のこと。キミ達の世界の若者風に言ってみると「ナウ」だよね?その方が伝わるんじゃないかな?ナウ『狭間』って感じ」

「何がナウだよ。馬鹿にしてんのか?」

「柳アサコ。清水アカリ。この2人も今現在ここにいる」

「え?柳……?柳アサコ!?ちょっと待て。清水アカリもいるって!?アカリはここへ逃亡してきたのか!?」

柳アサコの名前はかなり久しぶりに聞いたけれど、それよりアカリが?ウタカタが逃がしているのか?

「あのさー。ミコちゃんの話聞いてた?ここはキミ達がいる世界じゃない。生と死を選択する場所だ。だから、柳アサコも清水アカリもキミと一緒。生死を彷徨っている。僕たちの言い方が難しくて理解できない?偏差値の低い高校でバンドやってモテモテ。将来の夢はバンドで成功して、いざ武道館ライブ!さっきまでファンの女子大生とイチャイチャしてましたー!なキミはバカだから理解できないの?」

「お前……!!」

思わずぶん殴りそうになるのをミコが腕を掴んだ。
華奢な身体のくせに力が強い。抵抗できない。

「キミってそんなにバカじゃないよね?実は」

ウタカタがフンと鼻で笑って言った。

「学力、つまりはお勉強は苦手。だからバカ高校と呼ばれる高校に進学している。でもね、キミは社会的能力はすごく高い。世渡り上手、計算高くて計画性を持って行動する。実に慎重。ずる賢こいし、発想能力も高い。緻密さも含めて、親しい人間には自分を神だ、敬え、なんて言って大事なところでミスを犯す清水アカリなんかより遥かに賢いと僕は思うけれど、間違ってる?子供の頃から、財力と医者の娘だという理由で偉そうにしていた清水アカリには、とりあえず下手に出てればいいと判断していたよね?尊敬しているフリをして実は俺の方がずっと賢いって思っていたよね?」

何なんだよ、コイツ。

神様はお見通しってことなのか?


「生死を彷徨うってアサコとアカリはどうしてここにいるんだ?」

俺が呟くとウタカタはニンマリと笑った。

「ようやく話が出来そうだ。理解してきたじゃないか。さすがだね。本を読んだらわかることだけど、柳アサコはイジメによる自殺。清水アカリは買い物へ向かう途中で交通事故に遭いここにいる。ちなみに清水アカリは、自分の家に家宅捜索が入ったことは知らなかった。ここで僕の説明を受けて知った。だから逃亡じゃない。そして、ここはキミ達の世界のように時間は動いていない。だから彷徨っている今の時間も現世の世界では1秒も進んではいない」

「自殺……?事故……?」

頭をフル回転させる。

「時間が動いていないということは、俺たちは同日のほぼ同時刻に死んだ?いや、死んではいない。「まだ」。でも、ほぼ死亡と同じ状況。でも、なぜ俺たちなんだ?俺たち3人がなぜ同時にこんなことになっている?これは偶然じゃない何かあるからとしか思えない」

「ハハハ。すごいね、現世の人気アニメの『見た目は子供の探偵くん』みたいだな」

心の底から馬鹿にされている気分になる。いちいち挑発的な男だ、ウタカタは。
いや、そんなことは今はどうでもいい。

「え?ちょっと待てよ」

俺はさっきウタカタが開いたページをもう一度読み返す。
そしてウタカタを睨みつけて言った。

「おい、『ナオトはウタカタに呼ばれ』ってなんだ?俺は医療ミスで死の淵を彷徨ってここに来たんじゃないのか?これの意味はなんだよ」

ウタカタはパッと明るい表情をした。
コイツこそ学校で話していたサイコパスなんじゃないのか?

「気づいた?ピンポーン!結城くんは僕がちょーっと細工して『狭間』に来てもらったんだよね。まあ、正直に言えば、柳アサコ、清水アカリも同じなんだけれど。あ、これは2人には言っていないし、本も細工して書いていないから2人には秘密だから。そこのところよろしくね」

「だから、何で俺たちなんだよ」

イライラする。

冷静になろうとアイスカフェオレを飲んだ。俺が好きな店のものと全く同じ味がする。

ミコの方を見ると、目が合ってニッコリと微笑まれる。

ショートパンツにピンクの半袖のカットソーに踵の高いサンダル。茶髪にピンクのエクステが数本混ざった長い髪はキレイに巻いている。多分、同世代だろう。
アニメ声でギャル風だけれど、今まで見た女の中でも群を抜いて美人な顔をしている。
見た目と違い所作や話し方はしっかりしているし、優しいのだろう。それがにじみ出ている。
ベースのアイツがモロに好みな感じ。
俺もこんな場所でなければ結構好きになりそうだ。

って俺は何を下らないことを考えてるんだ!

そんなことよりも現状を理解して、どうしてなのか、なぜなのか、これからどうすればいいのかを考えなければならない。

それには、まずウタカタを攻略するしかない。
俺たちを呼んだ理由、神様なんだっていうのだから、呼べるということは逆も出来るはずだ。
俺たちを現世に戻すことも可能だ。

コイツを攻略して、現世に戻る。

ウタカタの方を見ると、満足そうにコーヒーを飲んでいる。

この男はかなりのキレ者だ。
そうやすやすとは陥落しないだろう。

「はい、わかりましたー」と俺たちを現世へ戻すとは思えない。
何を考え、どうして『狭間』へ呼んだのか。それを突き止めて、白旗を上げさせて元に戻させる。

アサコやアカリも細工したなら何もかもをなかったことにして3人で戻るしかない。

俺たち3人を呼んだのなら、3人全員必要だ。誰かだけが残ることや戻ることは不可能だろう。
だから戻るならゼロにさせて全員で戻るしかない。

「何か浮かんだ?名探偵さん?」

視線に気づいたウタカタが言う。

俺は勉強は全然ダメだけれど、心理戦は得意だと自負している。
今まで、相手の心理の先を読みバカキャラを演じてやってきたんだ。
まずはウタカタの心理を攻略して、それから計画を練る。
その時にはアサコもアカリも必要になるだろう。

「質問していいか?」

俺が言うとウタカタは「どうぞ」と微笑んだ。

「さっき、説明でミコが言った『選択』ってのはなんだ?」

「あー、それはね、ここに来た人に必ず言うし、やってもらうことなんだ。苦しくても現世に戻り生きるか、はたまた光ある天国へ向かうのか。それを自分の物語、その人生の本を読み返して考えてもらって選択してもらう。僕の仕事はそれだよ」

「現世で生きることは可能なんだな?でも、苦しくてもってのが気になるんだけど。それって、ここにたどり着く人間は現世で何かしら辛いことや苦しいことがあった、または現在進行形であるってことだよな?それは合っているのか?」

「うん。合ってるね。ほとんどの人は生きていたいって最初は現世を望むけれど、それって本当にいいの?苦しみは取れないでそのままだよ?ってことを説明はするよ。だから人生を振り返って選択してほしいんだ」

「アサコはイジメに遭っている。アカリは逮捕目前。現世に戻ってもそれは進行されるよな?」

「そうだね、だから考えなさいよって言っている。2人は今、考えていると思うよ?」

「じゃあ、俺は?俺は別に何もしていない。現世で苦しいことは何もない。なのに俺を『狭間』へ呼んだ理由はなんだ?」

「それは自分で考えたら?」

首を傾げてウタカタが言う。

「3人必要だからだろ?いや、正確には4人だ。1人足りない。それはなんでだ?」

「今日は4人ここへ来る予定だよ。キミは3人目。おのずと足りない最後の人間が来るのはわかるよね?あ、これ核心ついたね。キミの心理戦を先読みしちゃった。ごめんね」


舌打ちをしたくなる。
ゆっくりと読み取ろうとしたのに先読みされて腹が立つ。


4人。
「あの事」が原因ならば4人いなければならない。
俺、アサコ、アカリ。この3人は小学生からの幼馴染だ。
後から当時の俺たちに加入したアイツもいなければ集まる理由はない。


「俺たちが集まる理由はわかった。最初は不思議だった。なんで3人なんだ?って。「あの事」が元凶ならアイツもいなければ成立しないから」

「そうだね。あの2人も会って気づいたみたいだよ?キミ達が言う「あの事」なのか?って。だから3人目が来るって知らせた時に聞かれたよ。「次はどっちが来る?」ってね」

「なぜ俺が3人目になったんだ?どっちでも良かったじゃないか。結果4人招集されるんだから」

言葉に出して気が付いた。

ウタカタを見る。相変わらず薄気味悪い笑顔をしている。

「なあ、なんで「今」なんだよ。「あの事」が原因ならもっと昔に俺たちはここに来なければならかった。なぜ今なんだ?」

「さあ?それは神のみぞ知るってヤツじゃない?僕みたいな職業が神様じゃなくて、本当の祈る方の神様ね」

ウタカタはそう言うと、ミコの方を見た。ミコが頷いている。

「もういいかな?キミとの心理戦に飽きたよ。キミは心理戦をしているつもりだろうけれど、頭は回るけど所詮は高校生の頭脳だね。僕はただ事実を答えていただけ。時間をかけてゆっくり攻略するつもりなんだろうけれど、閃きが遅いね。そこは学力の問題かな?アサコさんやアカリさんの方が「あの事」に気が付くのが早かったよ?でも、キミの方が上手なのは、なぜ「今」なのか?に気が付いたところだよね。それは褒めてあげるよ、名探偵さん」

ウタカタが席を立つ。ミコはすでに立ち上がっていた。


俺が苦虫をかみ潰したような顔をしていると、ミコが肩にそっと手を置いて言った。


「アサコさんとアカリさんの所へご案内しますね。こちらに来てください」


促されてミコの後に続く俺に「結城くん」とウタカタが声をかけてきた。

「なんだよ」

「キミ達の地元のおばあさん、青果店の。わかるでしょ?」

「は?それがなんだよ」

「よく言われてたでしょ?『悪いことをしたら神様は罰を与えるんだよ。それは逃げられないことだから、悪い事はしたらダメだよ』って覚えてる?」


青果店のばあちゃん。
俺たちが遊び場にしている場所へ向かう途中に通る道にある店。
俺たちはイタズラばっかりしていたから、よく言われていた。
今、ウタカタが言った言葉を。
何回言われたか記憶にないほど、口癖のように言っていた。


「罰を与える神はアンタだって言いたいのか?」

自嘲気味に言うとウタカタは声を上げて笑った。

「それは知らないよー!神様なんてたくさんいるんだから。あ、それと僕を攻略して何事もなく現世へ帰れるって考えは捨てた方がいいよ。キミには言ってなかったね、過去や現在はよっぽどのことがない限り変えられないよ?だから諦めて、最後の1人を待っていることだね。3人で顔を合わせるんだから久々に語り合いなよ。「あの事」をね」

ムカつく。
本当にぶん殴りたくなる。

その場にあった椅子をガンっと蹴っ飛ばす。

「キック力はアカリさんの方が上みたいだねー。会ったらゴリラみたいな女なんて言ったらダメだよー。女性には優しくね。キミ、いつもやってることじゃん」

「ウタカタさん!」

ミコが咎めるように言った。

「だから言ったじゃん。僕はキミのような男の子は嫌いだって」

「うるせー!!」

俺が怒鳴ってもケラケラと笑っている。

「ごめんなさい。ウタカタさんって少し子供っぽいところが……。行きましょう。お二人が待っています。3人で考えて選択してくださいね?後で皆さんで美味しく食べられるようなお菓子持って行きますから」
ミコが優しく背中を押して、俺は2人がいるという個室に入った。


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