冷酷御曹司と仮初の花嫁
 その緩みに佐久間さんは気づいている。そして有能なビジネスマンとしての攻めにいっている。逃げ道を潰していく。でも、その攻防が徐々に狭められる。

「すみません。まだ、不慣れなので、アフターは許してないのよ。新人だし、失礼があってもいけないから」

 千夜子さんもこの道のプロ。上手く躱す術は知っている。でも、ビジネスマンの佐久間さんもこのような交渉に慣れているのかもしれない。爽やかな微笑みで千夜子さんを見つめた。

「そう言わずに……。じゃあ、どうでしょう。この子がアフターに付き合ってくれるなら、江藤さんの話は前向きに検討します。遅い時間ならダメだろうけど、今からなら大丈夫でしょ。必ず、夜の11時までにはここに送り届けます。三時間もあれば食事は終わりますから」

「静香ちゃんがそんなに気に入ったのですか?」


「そうですね。気に入りました。着物も似合うし、可愛らしい女性と一緒に食事をしようかと思って。行く店は……。花鳥にしましょう。そこならいいでしょう。心配なら、花鳥からここに電話を入れさせましょうか?」


 花鳥は名前を知らない人は居ないと言われるほどの有名店で、一見お断りの上に、予約が取れにくいことでも有名だった。それをこんなに簡単に連れて行くという。電話一本で予約が取れる。私とは世界の違う人だと思った。


「そうね。花鳥なら……。静香ちゃん。どうする?花鳥の懐石料理はとても美味しいから、一度くらいは食べておいても損はないと思うけど」

「千夜子ママが許してくれるなら……。この子がこの後稼ぐはずのお金は全部私が払います」

 この席が終わったら、麗奈さんの店に帰るだけの私に給与は出ない。二時間で五万の破格のアルバイト代で雇われただけ……。外堀を一気に埋めて来る。

 一気に押してくる。

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