冷酷御曹司と仮初の花嫁
「送ってくださってありがとうございます。それとお食事も美味しかったです」

「いい返事が貰えてよかった。君に掛ける迷惑は最小限にするから」

「はい」

 私はそれだけを言うのが必死で、送って貰ったことと、お食事のお礼。初めて行った花鳥は想像以上の美味しさで、最初、あんまり味はしなかったけど、次第に慣れてきて、最後は楽しめた。少しだけ……。

「それならよかった。それと早急に書類を送るから、確認して連絡して。必要な書類等も書き方が分からなければ、顧問弁護士に行かせる。その時は連絡して欲しい」

「はい」

 佐久間さんは名刺を取り出すと、裏にサラサラと何を書いて、私に手渡した。

「これがプライベート用の携帯番号だから、用事がある時はこの番号に掛けて欲しい。会社に電話は出来ればしないで欲しい。後々、君に迷惑を掛けたくないから」

「はい」

 自分の決めたことがいいのか悪いのか分からない。でも、前に進むためへの賭けでもある。彼が私の存在を利用するなら、私も彼の財力を利用する。そう自分に言い聞かせないと自分の決定が揺れてしまう。

 結婚するなら、好きな人と結婚したかった。

色々なことがあり過ぎて、混乱はしているけど、自分が決めたことだから、逃げる必要もないと思った。私はこの人の半年間だけの妻になる。形だけの花嫁……。でも、それは私が今の私から一歩前に歩き出すためのアイテムだと、そう何度も何度も言い聞かせた。

 佐久間さんは私を店の前で降ろすと、一度、千夜子さんの店を見上げ、少し顔を歪ませた。それは一瞬で、すぐに冷静な仮面を被ってしまう。

 そして、私が会釈すると、佐久間さんを乗せたタクシーは走り去っていってしまった。私は目の前にあるビルに入ると、そのまま千夜子さんの店のある階にエレベーターで向かった。
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