冷酷御曹司と仮初の花嫁
 多少の緊張があったけど、それも抜けると身体を纏う着物が重く感じてきた。そして、店に入ると、待ちかねたように千夜子さんが出てきてくれて、私に綺麗な微笑み向けた。

「陽菜ちゃん。お帰り。さっき、佐久間さんから電話があったわ」

「はい」

「急な仕事ですって?陽菜ちゃんを送れないことを申し訳ないと言っていたわ」

「タクシーの中で電話が入って……。凄く難しい顔をしていました。送ってくれると言われたけど、店の前まででいいと思ったので」

「そう。佐久間さんに直接電話となると、深刻なことが起きたのかもしれないわね。何もなければいいけど。陽菜ちゃんは着替えを済ましてから、カフェに戻るでしょ。可愛いから、そのまま麗奈の店に戻ってもいいわよ」

「いえ、ここでお返しさせてください。胸が少し苦しいです。昔の人はこんな着物を着て、生活をしていたなんて、凄いです」

「そうね。洋服に無い苦しさはあるけどね。では、着替えをしましょうか。今日は本当に助かったわ。ありがとう」

「いえ、お役に立てたなら何よりです」

 私は千夜子さんに手伝って貰いながら、着物を脱いで行く。自分の服に着替えてから、鏡の中の自分を見ると、着物の時には違和感を覚えなかった結い上げた髪と化粧が妙に浮く。夢から醒めたらこんな感じなのかもしれないと思いながら、鏡の前にあるティッシュで、赤い口紅を拭くと、少しだけ自分に戻れるような気がした。


 着物ハンガーに着物を掛けると、私は自分の荷物を持って帰ることにした。

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