雨がやんだら
 不愉快に思う原因を、彼女は知っている。
 元々(くすぶ)っていた火種なのだから、三日も考えれば答えに辿り着けた。

 二十をとっくに超していながら、何も変わらない日常。
 十代最後の夏、俳優になるんだと語っていた夏尹は、今も同じ夢を追っていた。
 劇団に所属しつつ、映画のオーディションへ参加し、生活費はバイトで稼ぐ。

 この五年で最も変わらなかったのは、夏尹だ。
 何度落ちても次のオーディションを目指し、劇団の台本を片手に毎夜練習に励む。
 チケットを捌くのも大変な、ロクに出演料も出ない公演に、どれほどの時間を費やしたことか。


 真希がアドバイスと称して苦言を呈するようになったのは、この一年のことである。
 自己アピール用の動画をアップロードしてはどうだろう、とか。
 ストリートパフォーマンスみたいな人目を引く活動に挑戦しては、とか。

 正攻法で進みたいと(こだわ)る彼に、真希の言葉は響かなかった。
 演技を磨きたいという理想は分かる。
 だが、彼女には変化が欲しかった。

 意固地すぎる、不器用すぎると不満を告げるうちは夏尹も苦笑いしていたものの、時間の浪費だと責められると気色ばむ。
 挑戦は無駄じゃない――それは彼女も否定しないのだけど。

 何度目か分からない真希の深い溜め息、そこに合わせたみたいに、彼の胸元が鳴動した。
 どこまでも緩慢だった夏尹が、機敏に姿勢を整えてスマホを取り出す。

 画面をタップする彼の俯いた顔を、些細な変化も見逃さないように彼女は目を凝らした。
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