うそつきアヤとカワウソのミャア
 予想通り、程なくして玄関からバタバタと(うるさ)い足音が聞こえた。
 廊下を走るなと何度も注意したのに、気を抜くと悪癖が出るみたい。

「アヤ!」
「キッチンにいるよ」

 戸口から顔を出した勝巳が、満面の笑顔で私を祝福する。

「女の子だって? 嬉しいなあ」
「なによ、男なら残念だったの?」
「いや違うって! どっちか分かると、ほら、なんか実感が増すじゃん」

 診断結果をメールで伝えたところ、彼は駆け足で帰ってきたらしく、荒い息のまま私の前で腰を屈めた。
 膨らんだお腹に手を当てながら、娘の名前を考えたのだと言う。

「勝巳の“み”と、亜耶の“あ”で“みあ”。どう?」

 ミア。
 ミア……ああ、あの名前はそういう――。

 黙る私に不安を覚えた勝巳が、ダメなら違う名前にすると狼狽(うろた)え始めたのを見て、慌てて手を横に振った。

「それでいい。なんだか猫みたいな響きだね」
「やっぱりやめとく? 可愛いかなって思ったんだけど」
「気に入ったよ。ミアにしましょ」
「よかったあ! それでさ、当てる漢字は――」

 いくつも挙がる候補を聞きながら、再び人形へと視線を移す。

 てっきり母かお婆ちゃんか、さらにはもっと昔の祖先が、ミャアの恩返し相手だと考えていた。
 でも、ミャアが一肌脱いだのは未来の人物のためかもね。
 奇妙な名前の一致は、いずれ分かるヒントを与えてくれていたのか。

 “ボクには名が無いからね。彼女の代わりってことで”

 私にだけ聞こえる声が、久方ぶりに耳をくすぐる。

 ミャアは一つだけ嘘をついたと言った。
 つまり、他は全て本当のことだということ。
 全てを見通す神様、ねえ。
 時の(ことわり)に縛られたりしないわけだ。

 娘が生まれたら、人形を譲ろう。
 きっと、私よりも大切にしてくれる。
 カワウソに好かれるほど、すごく大切に。

 出産を控えて漠然と感じていた不安が、綿菓子のようにふんわりと溶けていく。
 まだまだ先の話だけど、分別がつく歳に成長するのが待ち遠しい。

 最初に教えることは、もう決まっている。
 嘘をつくとカワウソになるんだよね、ミャア?
 受け継がれた掟を、次は親子二人で守る番だ。

 “ん、それは……まあいいや。タイヤキ、用意しといてね!”

 オーケー。
 人形にパチリとウインクした私は、話の尽きない夫へと向き直った。
< 31 / 31 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:2

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

オチ無し王子と先読みの姫
高羽慧/著

総文字数/3,111

恋愛(その他)3ページ

表紙を見る
お出かけしよ、ね?
高羽慧/著

総文字数/4,749

恋愛(その他)5ページ

表紙を見る
冷めた二人
高羽慧/著

総文字数/5,202

恋愛(オフィスラブ)3ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop