うそつきアヤとカワウソのミャア
 私が山崎さんへ謝罪しないことには、収まりがつかないらしい。

「電話しとく。晩御飯のあとにでも――」
「鯛焼きを食べ終わったら、ね」
「……はーい」

 ともかくも、残る尻尾に取り掛かった私へ、お婆ちゃんは神妙な口調で諭した。

「相手を困らせる嘘は、よくないよ」
「分かってるって。楽しく遊んでるだけ。山崎さんは、ちょっと真面目過ぎるんだよ」
「綾が遊んでるつもりでも、言われた方は傷つくこともあるの」

 あのね、と、秘密を打ち明けるようにお婆ちゃんの声が低くなる。

「嘘を百八回。百と八回、相手を傷つけると、大変なことになるよ」
「……どうなるの?」
「カワウソになっちゃう」
「は? 何が?」

 皺まみれで節ばった人差し指が、私の鼻の辺りへビシッと突き出された。
 そんな馬鹿な、と吹き出しかけた私を黙らせる勢いで、お婆ちゃんは「本当よ」と至って真剣に付け加える。

 自分の方がよっぽど年期の入った嘘つきじゃないかと、この時は呆れた。
 でも、こういう嘘は大好物だ。

 動物園にいるカワウソは、一体誰が変化(へんげ)したものやら。
 次々と生まれるカワウソで溢れる街を想像して、結局、クスクスと笑い出してしまう。

 鯛焼きを平らげた私は、お婆ちゃんの前で山崎さんに電話をさせられた。
 正直に勝る嘘は無し、とかなんとか、分かりづらいお婆ちゃん謹製の格言で締めて、この日はおしまい。

 言動の若いお婆ちゃんだったけど、実際にはかなり老けていた。
 母は末娘なため、祖母はこの時にはもう七十に届こうかという歳だ。
 それでも、まだ床に臥せってしまう年齢ではない。
 大学生になったら、今度は私が和菓子でも買ってあげようと考えていた。


 そんな計画は、すぐに実現できなくなる。
 高校三年の秋、お婆ちゃんは脳梗塞で倒れ、十日後に病院で亡くなった。

 突然過ぎると、今も思う。
 事態を呑み込むのにえらく手間取って、葬儀でも他人事に感じて泣きはしなかった。

 お婆ちゃんの部屋に仏壇が置かれ、そこに買ってきた鯛焼きを供えて線香を上げる。
 初七日が済んだあとのことだ。
 私も一緒に食べようと、自分用も忘れずに用意した。

 微笑む遺影を見つめたのが、きっかけだった気がする。

「なんでよ……この間まで元気だったじゃん……」

 この時初めて、感情が大波の如く押し寄せた私は、チョコ味に口をつけることが出来なかった。
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