うそつきアヤとカワウソのミャア
「猫じゃないなら、何? わ、私に何の用?」
「ぎゅいえっ」

 奇声にたじろぎ、口を閉ざして対峙する相手を凝視する。
 最初は身体を丸めていたようで、四つ脚でシーツの上に立つ。
 首をこちらへ向けたそれ(・・)は、猫より長い胴と尻尾を持っていた。

「あー、ボクは。いや、ワレはキューセーシュなり」
「キューセー……、救世主?」
「そう、それ。助けに来たの。あっ、ぎゅいえっ」

 この奇妙な発声は、どうも咳払いのつもりらしい。
 口調を改めてて、今一度、謎の猫もどきは宣言する。

「ワレは助けに来たノダ。アヤのピンチを救うために」
「えーっと。ピンチ?」
「このままでは大変なことに……。あのさ」
「は、はいっ」

 調子の狂う話しぶりだが、暗がりで(きら)めく眼は未だに禍々(まがまが)しい。
 思わず居住まいを正し、続く言葉を待つ。

「寒いんだけど」
「は?」

 曰く、
 “尻尾の先が冷えてきた。
 布団は素晴らしい。
 私は寝てしまっていたし、話は明日でいいだろうと、暖を取ることにした。
 ああ、睡眠って素敵。
 ぎゅいぎゅいしそう。
 綿の適度な重みと、全身を撫でる温もりで、当初の目的を忘れちゃう――”

「忘れちゃダメでしょ!」
「怒鳴らないでよ。アヤちゃんだって眠いでしょ?」
「もうパッチリ目が醒めちゃったよ……」

 とぼけた会話のお蔭で、不気味さは遠退いた。
 だからって、理解不能な事態には変わりなく、妖怪と一緒に寝られるほど豪気じゃない。
 とりあえず寝よう、そんな提案に乗るもんか。
 これをそのまま口にした途端、ぎゅいぃっと喉を鳴らされた。
 確信は無いけど、溜め息なのだろう。

「妖怪だなんて酷いな。神様なのに」
「なんて名前の神様?」
「あー……。ミャア」
「猫じゃん! 人語を解する化け猫――」
「ネコじゃないもん! ボクはカワウソなの。すごく賢い、カ・ワ・ウ・ソ」

 かわうそぉ?
 カワウソにしては、毛というか、体が……。

 いやいやいや、毛はどうだっていい。
 深夜に突如現れて、喋りまくる小動物なんて人の世のルールから外れてる。
 幸い、頭がはっきりしてくれば、勇気も心に湧いてきた。
 どうにかしないと。
 冷静に対処すべきだ。

「出てけ」
「ひどっ!」

 ここは私の部屋、私が安眠するためのテリトリーである。
 勝手に入り込んでいい場所ではないし、布団に潜り込むなど論外だろう。
 一緒に寝ようと執拗に訴えるミャアを、精々恐い顔で(にら)み、ベッドから降りろと命じた。
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