ズルくてもいいから抱きしめて。

天城の場合

「笹山さん、姫乃を助けるために、どうかよろしくお願いします!」

俺は彼女の元カレを前に頭を下げた。

本来なら、自分の手で彼女を助けてあげたかったが、今回のタチの悪い噂は上司である自分が矢面に立ってしまうと、余計に悪化させる気がした。

担当した作家先生に証言してもらうにしても、社内の恥を晒すことになる。

その辺りのことを考慮すると、社内でも話題になっている写真家“shin”こと笹山さんが適任だった。

「事情はよく分かりました。あの、、、一つ聞いても良いですか?」

「はい、何でしょうか?」

「昔の恋人である俺に頭を下げるなんて、普通は嫌ですよね?男としてのプライドだってある。どうしてですか?それだけ姫乃を愛してるってことですか?」

笹山さんはとても真剣で、その目は俺を試しているかのようだった。

「正直、“全く迷わなかったか”と問われれば嘘になります。俺だって男なんで、、、。でも、大切なものを守るのに男としてのプライドが邪魔をするのなら、俺はそのプライドをいつでも捨てる覚悟はあります。それは、恋人のためでもありますが、部下を助けるためにも必要なことだと思っています。」

「天城さんはとても真っ直ぐな人なんですね。姫乃は、きっと天城さんのそういうところに惹かれたのかもしれませんね。」

そう言って笹山さんは少し寂しそうに微笑んだ。

もしかしたら、笹山さんは今でも姫乃のことを想っているのかもしれない。

嫌いになって別れたわけではないのだから、仕事で顔を合わせるうちに気持ちが再燃することだってあるだろう。

でも、姫乃のためならプライドなんて関係ない。

笹山さんが今でも姫乃を想っていようが、姫乃を守るのに元カレだろうがプライドだろうが関係ない。

大切なものを守るためなら、何度だって頭を下げてやる。
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