夫婦未満ですが、子作りすることになりました
呆気にとられたままのマスターに「じゃあ」と帰りの挨拶をした神代さんは、私を抱えながらバーを出た。夜の大通りの風に当てられて少し正気に戻る。
「明日になったら全部夢かもしれませんね」
弱気になって彼の腕の中でボソッとつぶやくと、フッと笑みを落とされた。
「夢にするかよ。凛子の住所も連絡先もわかってる。逃げようったってもう逃がさないから」
そう言って折り畳まれたプロフィールカードを見せられた。それを再度胸ポケットにしまい、彼はタクシーを停める。私の代わりに運転手さんに住所を伝える横顔に思わず見惚れていた。
「神代さん」
つい用もないのに名前を呼んでしまった。運転手さんとの会話は中断する。彼は前髪を揺らしてうなずき「零士ね」と訂正を入れ、私も「零士さん」と呼び直す。
「どうした」
「……帰りたくない」
初めてこの台詞を使う女性の気持ちがわかった。恋愛ってこんなにドキドキするんだ。そりゃみんな勉強なんてせずに、恋愛に夢中になるはずだよ。
明日になったら本当に夢になってしまう気がする。そう思うと寂しくて、零士さんの袖を掴んで引き留めた。