オチ無し王子と先読みの姫
 ――面白い話をする人と結婚したい。

 一見、簡単に思えたこの条件を、合格できる者などいやしなかった。
 あらゆる物語に通じる姫は、何を話して聞かせても面白いとは言わない。
 それどころか、話の途中で先を予想し、相手の気勢をこれでもかと削いだ。

 黒幕を当て、(ある)いは作戦を推測し、時には意外な結末すら的確に予想する。
 男たちは王女の賢さを讃えたが、彼女はつまらなさそうに中座を繰り返した。

 ここに至り、珠玉の姫と称された彼女は、もう一つの異名を頂戴する。
 全ての話を予想し切る、“先読みの姫”だと。


 さて、困ったのは王だ。
 三年が経っても相手が見つからなければ、さすがの彼も焦ろうというもの。
 だからと言って、平民の詩人や道化と引き合わせるのも躊躇(ためら)われる。

 王女は話の面白さだけで選んでいるのかもしれないが、やはり王としては立派な男を探してやりたい。
 しかしながら冒険譚にも神代の伝承にも退屈する王女を、楽しませられる者はいるのか。

 白髭を蓄えた先代からの側近が、悩む王へ助言した。

 先が読めるから、つまらないのです。結末が分からない話をさせればいい、と。

 それが難しいから困り果てているのだと言う王へ、適当な者がいると側近は受け合った。

 およそ辺境と呼んで差し支えない東の国に、一人の王子がいるとか。
 顔も能力も並以上だが、話が面白くなくて未だに独り身らしい。
 説明をされた王は、それでは条件と真逆ではないかと(いきどお)る。

 ところが激論の末、王もこの王子へ使いを出すことに決めた。
 どんな話をしてもスッキリとした結末を語れず、要領を得ない男。
 彼に付けられた渾名は、“落ち無しの王子”であった。


 七日の後、王子は城へ現れ、王女の前で片膝を突く。
 挨拶もそこそこにして、彼を椅子へと案内した彼女は早速、話をせがんだ。

 私が五つの時、鹿狩りに付き合って山へ連れて行かれました――そう切り出した王子は、自らの思い出を話し始める。
 王国とは様相の違う狩りのあれこれは、それなりに興味を持てるものだった。
 だが、この程度であれば、もっと波瀾万丈な物語を何人もがしている。

 今回も王女が話の腰を折るだろうと、同席する王たちが待ち構えていたところ、予想に反して彼女は王子を制したりはしなかった。

 狩りの話は晩餐の様子に移り、城下街の説明から、彼の国の歴史へと続く。
 話題が変わる度に王女は眉間に皺を寄せ、少しずつ身を前に乗り出した。

 王子もまた、出された水を断って、ひたすらに口を動かす。
 どの内容もさして盛り上がりもしないし、気の利いた落ちも無い。
 正午過ぎに始まった王子の奮闘は、なんと日没を過ぎても終わらなかった。

 こんなにも長時間に(わた)り喋った候補者は、王子が初めてのことだ。
 大部屋の燭台に火が灯り、晩餐の準備が整った頃、王女はすくと立ち上がった。

 まだ話す王子の傍らへ寄り、出会った時とは逆に膝を折った彼女が、王へと振り返る。

「この方の元へ行きたく存じます」

 まさかの決着に、一同は声が出ない。
 彼女が王子の手を取り、二人並んで王へ頭を下げたのを合図にして、ようやく万雷の拍手で祝福された。

 先読みの姫は、一度たりとも王子の話に口を挟まなかったと伝えられる。
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