最後の一夜が授けた奇跡
「じゃあ、私がそのコーヒーをいただきます」
私がトレーを手に社長室から出ようとしていると、低い声が聞こえて来た。

まだ、その声を聞くと思いだしてしまう。
その低い声で『愛してる』とささやかれたあの夜を。

「いえ、淹れなおしてきます。社長のお口には合わないかと思いますので。」
律樹は濃いブラックコーヒーが好きだ。
でも、今私が手にしているのは好みの分からないお客様に合わせて薄めに淹れてある。
「いいから。それで。」
律樹がもう一度私に言う。

私は、合わせないようにしていたのに、律樹と目をあわせてしまい、思っていた以上に離れたつらさが大きいことを実感した。
心がずきずきと痛む。

「わかりました」
律樹に気づかれないように小さく深呼吸をしてから、私はもう一度ソファに近づいた。

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