強引な彼にすっかり振り回されています


「勉強不足で申し訳ない、お客様から尋ねられたのだが…」


ここは『ベリーヒルズ ショッピングモール』(通称BHS)屋上の日本庭園。

今日は海外から招かれたお客様のために野点(のだて)傘を設営してのお迎えだ。

よく晴れた空は澄み渡っていて、ここにいるだけで気分が洗われる空間を作り出している。

私はこの時間、庭師の端くれとして設営を手伝いに来ていた。

お茶の振る舞われる準備が進む中、
夕刻の水やりは多めにしようと考えながら、

庭園を眺めるご家族を微笑ましく眺めていたところに声をかけられた。

どうやらこの庭園についてご家族が興味を持たれたらしい。

当のご家族をお迎えした側なのであろう、その人は、
ひと目で質の良さがうかがえるスーツを嫌味なく着こなしている。

両サイドまでかちっと固められた頭はおでこが見えるように前髪は片側に流されていた。

私の頭がその人の肩口くらいにある背丈だから、180センチ前後かなと考えながら、お客様に視線を戻した。


「今、ご家族がご覧になっているところは枯山水と言って、あちらの滝石から……」


説明を始めるや否やコホンっという小さな咳払いが聞こえて目線をその人に戻すと、

私に向けられた大きな手のひらが「ストップ」の意思を示している。


「……すまん、直接説明してやってもらえないだろうか。」


その片手を頭の後ろに当てて困ったような顔をするので、急に親近感がわいてきた。


(同い年くらいかな?)


「わかりました。拙い英語でもよければですけど。」

「助かる。」


ほっとした顔に変わったその人に連れられて、お客様のところへ出向く。


「Hi, Ma’am, Sir, would you like me to explain this garden?」(庭園についてご説明させていただきます。)

「yeah, sure please. 」(ぜひ頼むよ。)


ご家族は写真などで目にしたことのある景色ではあったものの、
ここのようなビル群の一角で見ることができるとは思っていなかったと感嘆の声を漏らしていた。


庭園についてひと通りの説明を終え、ご家族がお茶席へと向かったところで、
その人が私に名刺を差し出した。


「西王寺 高臣(さいおうじ たかおみ)と言います。助かったよ、ありがとう。」


爽やかに微笑まれ、こちらもつられて微笑む。


「恐れ入ります。片岡 紗也(かたおか さや)と申します。」


私の名刺を満足げに受け取ると、お客様のところへと戻っていった。

ビジネス上の笑顔だと頭ではわかっていても、

その容姿端麗な姿から繰り出された一撃は否が応にでも心に突き刺さる。

ドクンドクンと脈打つ自分の音を耳で感じながら、その人の後ろ姿を目で追ってしまっていた。

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